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創業以来、ほとんど社長のはんこを持っていたことがないんです

加賀電子 塚本勲会長に聞く(前編)

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2014年9月19日(金)

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創業から約半世紀、電子部品専門商社の加賀電子はアナログからデジタルへと大きく変化する激動の時代を生き抜いてきた。東京・千代田区の秋葉原駅周辺だけでも約1000社あったと言われる同業者のうち、生き残ったのは約200社。消えた企業との差はいったいどこにあったのか。創業者で会長の塚本勲氏に聞いた。

弟さんと2人、四畳半で独立を決意されたのが1968年。今では国内外グループ企業50社、従業員約4800人を抱えるまでに成長しました。成長の秘訣は何だったと思われますか。

塚本:社内でもよくそのことを話すのですが、この業界は何しろ先手必勝です。日本は今、エレクトロニクス、特に通信の分野で中国や台湾、韓国に水をあけられていますが、何が違うかと言えばスピードです。

生き残る企業と消える企業。その差は「情報力」にある

塚本勲(つかもと・いさお)氏 1943年、石川県生まれ。60年、金沢市立工業高等学校を1年で中退した後、上京し、音量調節機器メーカーのヴァイオレット電機入社。67年、サンコー電機入社。68年、加賀電子(個人経営)創業。同年9月、株式会社化し、代表取締役社長に就任。85年、店頭公開。86年、東証2部に上場。97 年、東証1部に上場。2007年、代表取締役会長となり現在に至る。(写真:鈴木愛子)

 5000億円の投資案件があったとして、日本企業がそれを決断するのに2、3カ月かかるところを、向こうは2週間くらいで決めてしまう。それに対応する身軽さと情報力、結局はその差ではなかったか、と思っています。

 もともと資金もない電子部品メーカーのいち営業マンでしたから、財産と言えば営業時代に培った人脈と信用だけ。今でこそ「電子部品専門商社」というふうにくくられますが、問屋というよりも便利屋だったんです。お客様の要望に基づいて何でもお届けしますよ、というところからビジネスをスタートしましたから。

 在庫は一切持たずにすべて注文を受けてから仕入れる。そうすれば在庫を寝かせなくていいわけですし、それを切り売りする必要もありません。もっともお金もありませんでしたから、そうするより仕方がなかったのです。

 そうして単品の受注から始めたら、そのうちに「できれば必要な部品をまとめて調達して届けてほしい」というご要望が出てきて、それにも対応した。お客様からすれば、100種類の部品を注文するのに1枚の伝票で済むため購買事務を効率化できますし、部品が1個揃わないために生産ラインが止まってしまうリスクも回避できる。

 そうこうしているうちに、「どうせそこまでやるなら加工もしてくれないか」という話になり、開発のお手伝いもするようになりました。そうやって、だんだんとモノづくりに関するご要望が増えてきましたので、それに応じた生産体制も整えるようになっていった、と。そういう流れなのです。

 当時はEMS(電子機器の受託製造サービス)なんていう言葉はありませんでしたが、うちはお客様の要望に応えるうちに自然とそういう体制になっていきました。

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