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会社の前に“監視小屋”で、売り上げの7割を諦める

第8回:絶対に「地域に愛される会社」になると決意した日

2015年3月9日(月)

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埼玉県三芳町で里山保全に力を入れる異色の産業廃棄物処理会社、石坂産業。自社で栽培した農作物をオリジナルの弁当や「里芋パウンドケーキ」に加工し、直営ショップで販売するなど6次産業を展開し、地元で好評。小学生などの工場見学が絶えない。今でこそ地域密着経営で成功しているが、かつて近隣住民との関係は最悪だった。会社存続すら危ぶまれたピンチをいかにして脱し、「地域に愛される会社」をつくったか。創業者の娘である石坂典子社長が、父と二人三脚で歩んだ道のりを振り返る。(前回の記事はこちら

 本社入口からわずか数十メートル先に“闘争小屋”ができました。

 2001年夏のことです。動画を録画するカメラが設置され、私たちを監視していました。産業廃棄物処理の焼却を主力としていた石坂産業が、何か法に触れるようなことをしでかさないか。スキあらば批判の声を高く上げて、この地域から追い出そう。そんな目的で、地域住民や環境保護団体の方たちが建てた小屋でした。

かつての苦境を振り返る(写真:鈴木愛子)

 遡ること2年前の1999年、地元の埼玉県所沢市で生産された農作物から、高濃度のダイオキシンが検出されたというテレビ報道がありました。産業廃棄物処理の焼却炉が、その発生源だとされました。

 所沢市と隣接する川越市、狭山市、そして私たち石坂産業が本社を置く三芳町にまたがる「くぬぎ山地区」は、産廃処理会社が軒を連ね、「産廃銀座」と呼ばれた地域です。テレビ報道をきっかけに、くぬぎ山地区の産廃会社に対する、地域住民の批判の声が高まりました。

訴訟を起こされ、絶体絶命のピンチ

 特に、地元では大手の石坂産業に対する風当たりは強かった。2001年には、埼玉県に対し、石坂産業への産業廃棄物処理業の許可を取り消すことを求める行政訴訟が提起されました。その流れのなかで“監視小屋”ができたのです。

 こうして迎えた2002年3月、大きな転機がありました。

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「ドラ娘がつくった「おもてなし産廃会社」」のバックナンバー

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「会社の前に“監視小屋”で、売り上げの7割を諦める」の著者

石坂 典子

石坂 典子(いしざか・のりこ)

石坂産業社長

1972年東京都生まれ。高校卒業後、米国への短期留学を経て、父親が創業した石坂産業に入社。2002年社長就任。現在、2児の母。13年、同社は経済産業省の「おもてなし経営企業選」に選ばれた

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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