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「芭蕉や広重も泊まってくれた宿です。やめるのは寂しい」

青木 一洋氏[大橋屋元代表]

  • 日経ビジネス編集部

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2015年3月30日(月)

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江戸時代初期から366年続いた老舗旅館が閉館した。旧東海道の宿場町の面影を残す、貴重な現役の旅籠だった。宿泊以外に宴会需要も取り込み繁盛したが、後継者が見つからず力尽きた。

[大橋屋元代表]青木 一洋氏
1939年、愛知県生まれ。静岡県伊豆地方の料理屋や旅館で勤務した後、70年に家業の大橋屋を継ぎ代表に就任。大橋屋は江戸時代初期の1649年の開業。青木一洋代表は創業者から数えて19代目に当たる。最近は夫婦2人で大橋屋を切り盛りしていたが、後継者がなく閉館。

(写真=越野 龍彦)
大橋屋と閉館の概要
江戸時代初期の1649年に創業。旧東海道の宿場町、赤坂宿(愛知県豊川市)の旅籠の一つとして繁盛した。俳人の松尾芭蕉や浮世絵師の歌川広重も宿泊したと伝わる。明治時代の鉄道の開通、戦後のモータリゼーションなどで客足が減少。建物の老朽化で補修費用の負担が増えたことや後継者問題などから、今年3月15日、営業を終了した。

 江戸時代に東海道五十三次が制定されました。江戸・日本橋から京都・三条大橋までの間に53の宿場が決められたわけですが、その36番目の宿場町に当たるのが赤坂宿です。現在は愛知県豊川市赤坂町となっています。

 この歴史ある宿場町で江戸時代初期から366年間、旅館業を代々営んできました。そう考えれば本当に寂しい思いでいっぱいですが、最後は「仕方がないことだ」とあきらめました。

 今年3月15日の朝、お泊まりいただいたお客様が退館されたのを最後に、大橋屋は営業を終了いたしました。これまで多くの人に支えていただきましたことを心より感謝しております。

 大橋屋が旅籠として創業した1649年は徳川3代将軍、家光公の時代です。当時の屋号は「伊右エ門 鯉屋」でした。現在の建物は1715年に改築したもの。旅人が草履を脱いで足の汚れを拭った土間や番頭部屋など、建物の内装や外観などは基本的に当時の面影を残したまま、今に至っています。

 当時、赤坂宿に旅籠は80軒余りあったそうです。大名行列が通り宿泊する時など大いににぎわいました。明治時代になり、宿場町がその役割を終えてもまだ、半数の40軒の旅籠が残りました。当時は相部屋が普通でしたから、1部屋に数人が泊まれました。鯉屋(大橋屋)には27部屋があり、多い時では1日に100人もの旅人が宿泊しました。

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