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石坂家に激震!“ママ家出事件”の始末書

第12回:頑張るワーキングマザーの落とし穴

2015年6月9日(火)

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経済産業省の「おもてなし経営企業選」に選ばれた異色の産業廃棄物処理会社、石坂産業を率いる石坂典子社長。父の創業した会社が存亡の危機に立たされ、社長に名乗りを上げたのが13年前。経営再建に向けて悪戦苦闘しながら2児を育ててきた。仕事と家庭、そして一個人としての生活のバランスをいかに取ればいいのか。自分自身の経験と反省を踏まえて、若い世代にエールを送る(前回の記事はこちらをご覧ください)。

 妻として、母としての役割を果たしながら、一人の女性として輝きたい――。10~20代のころの私にとって、これが人生の一大テーマでした。

「30代半ばまで、仕事と家庭、プライベートのバランスがうまく取れず、いつも疲弊していた」と振り返る(写真:菊池一郎)

 今どきの若い女性にしてみれば、特に珍しくもない、いたって普通の目標かもしれません。今や共働きが多数派。いきいきと働くワーキングマザーがたくさんいる時代です。

 けれど、つい数十年前の日本では事情がまったく違いました。親戚や近所の年上の女性たちに、よく言われたものです。

「典ちゃん、あなたはまだまだ若くて、何も分かっていないのよ」
「結婚すると、女はいろいろ変わるのよ」
「子どもを産むと、違うのよ」

 言外に「家庭に入った後、女性としての輝きや幸せを失うのは仕方ない」「そんな現実を受け入れられないあなたは、まだまだ世間知らずのお嬢ちゃんだ」というメッセージが感じられました。

 若い女の子に、そんな絶望感を植え付けるようなことばかり言わなくてもいいじゃないか。大人として、そういう姿勢はいかがなものか。私には、ちょっとした反発があったのです。だから余計に、強く思ってしまったのです。

「結婚しても、子どもを産んでも、私は輝き続けたい!」

 その誓いを実現してみせたかった。だからこそ、結婚願望も出産願望もすごく強かった。早くしたくてたまらなかった。

チャレンジとしての結婚&出産

 20歳のときに石坂産業に入社し、23歳で結婚。相手は1つ年上の人。両親は「もっとよく考えてからにしなさい」と反対しましたが、私は聞く耳を持ちませんでした。今となっては本末転倒な気もしますが、女にとっての一世一代の大チャレンジとして、結婚も出産も一刻も早く経験したかったのです。

 では、その大チャレンジの結果はといえば……。妻としては見事に挫折。母としての役割を果たしながら、一人の女性として人生を謳歌できたかといえば、結果オーライの滑り込みセーフ、といったところでしょうか。

 そんなちょっと格好悪い私の経験が、働きながら子どもを育てるママとパパたちに、少しでも参考になるならば披露したい。そんな思いから今回は、仕事と家庭、プライベートのバランスについて、反省と教訓を交えながら考えてみたいと思うのです。

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「ドラ娘がつくった「おもてなし産廃会社」」のバックナンバー

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「石坂家に激震!“ママ家出事件”の始末書」の著者

石坂 典子

石坂 典子(いしざか・のりこ)

石坂産業社長

1972年東京都生まれ。高校卒業後、米国への短期留学を経て、父親が創業した石坂産業に入社。2002年社長就任。現在、2児の母。13年、同社は経済産業省の「おもてなし経営企業選」に選ばれた

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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