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「感動をありがとう」の違和感をあぶり出す

モノ化される気持ちのやり取り

  • 小橋 昭彦

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2006年7月4日(火)

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 大きなスポーツイベントの後、選手たちに対して「感動をありがとう」という表現が使われるようになったのはいつ頃からでしょうか。

 確かではありませんが、「がんばって」という言葉が本人を追いつめる心配があると言われるようになったのと並行してのことだったかもしれません。ただ、ぼく自身がその1人なのですが、この表現に違和感を感じる人もいらっしゃるはずです。たとえば八柏龍紀氏は著書『感動禁止!』(2006、KKベストセラーズ)の中で、「感動をありがとう!」と言うのはやめませんかと提言しています(250ページ)。

 もっとも、違和感があるのは確かながら、それがなぜなのか明確に言葉にするのが難しく、そのズレがずっと気になってきました。それというのも、確かに、人が一心になにかに立ち向かう姿には心を打たれますし、そうした経験を与えてくれたことに感謝したい気持ちはある。国際的なスポーツ大会ともなればなおさらです。だから表面的にはそれは違う、と言いづらいところがあるのです。

子どもの運動会ならどうだろう?

 問題を身近にするために、子どもの運動会に置き換えてみましょう。子どもたちが一生懸命に走る姿に感動を覚えない親はいません。しかしだからといって、子どもたちに「感動をありがとう」なんて声をかけるでしょうか。「感動したよ」とは言っても、「ありがとう」とは言わない気がします。そこに、「感動をありがとう」という表現に感じる違和感をあぶりだすヒントがありそうです。

 子どもに「感動をありがとう」という言葉をかけないのはなぜでしょう?

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