2006年のE3会場、ソニーコンピュータエンタテインメントのブース
こちらは任天堂のブース
2006年7月、ニンテンドーDSの国内累計販売台数が1000万台を突破しました。発売から20ヶ月での大台突破は、過去のどのゲーム機よりも早いペース。全世界での販売台数も2000万台を突破しています。ソフトに目を向けると、国内販売本数で300万本を突破した「おいでよ どうぶつの森」を筆頭に、年内にトリプルミリオンを超えそうなソフトが、他に3〜4本あるという充実ぶり。発売から1年半ほどで、これほどヒット作を連発するゲーム機は、過去に例がありません。
一方、海外からも、興味深いニュースが飛び込んできました。世界最大のテレビゲーム展示会であり、新ゲーム機・新ゲームソフトのお披露目の場として機能してきたE3(Electronic Entertainment Expo)が、来年以降、その規模を一気に縮小するようです。全世界からゲーム関係者が集まるテレビゲームの祭典は、Wii(ウィー)とプレイステーション3(PS3)のお披露目となった2006年を最期に、その役割を終えることになりそうです。
この2つのニュース、一見すると無関係に思えますが、実は根っこでつながっています。この関連性を読み解くと、今後のテレビゲームを巡る状況を、より正確に把握できるようになります。
ゲーム市場には、10年おきに変革が訪れる
テレビゲームの現状を知るには、その歴史について知っておきましょう。といっても、難しく考える必要はありません。「テレビゲームには、10年単位で節目が訪れる」ことを覚えておけばOKです。テレビゲームは、10年おきに新しいユーザーが流入。従来のゲーム文化が縮小する一方、新しいタイプのゲームが主流になっていく、という歴史を繰り返しているのです。
最初の節目は1970年代半ば。1976年の「BRAKE OUT」(ブロック崩し)、1978年の「スペースインベーダー」などによって人気が爆発し、テレビゲーム市場は誕生しました。そして、ゲームのプレイの対価としてお金を支払うという「テレビゲームの商業化」が定着。ここからゲームセンターを主流とするゲーム文化が誕生します。
次の節目は1980年代半ば。1983年にファミコンが発売され、1985年に「スーパーマリオブラザース」が登場。テレビゲームは一般家庭に飛び込んできました。事前にソフトを購入して家庭で遊ぶという、これまでとは違うビジネスモデルの誕生です。これにより、ゲームセンターでゲームを遊ぶ、という従来のゲーム文化はメインストリームから外れていったのです。
2006年、第4の波
1990年代半ばが3度目です。プレイステーションが登場し、Windows95も普及しはじめた時期ですね。テレビゲーム(をはじめとするデジタル・エンターテインメント)は、老若男女を問わずに楽しめる健全な娯楽としてのポジションを獲得します。従来の、子供の遊び(やマニアの娯楽)として見られていたタイプのゲームは少なくなり、グラフィック面が向上し、華々しさを競うようなソフトが目立つような10年が訪れたのです。
2006年は、ちょうど4度目の節目の時期にあたります。
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