50万ドル…2003年5月、クリスティーズ・ニューヨークのオークションにて。
55万ドル…2003年11月、クリスティーズ・ニューヨークのオークションにて。
100万ドル…2006年5月、サザビーズ・ニューヨークのオークションにて。
これはある日本人アーティストの作品の、海外オークションにおける落札価格である。アーティストの名は村上隆。今や欧米の美術界で最も名前が知られる日本の現代美術アーティストの1人だ。
村上は、現代美術分野における日本人アーティストの落札価格記録を次々と塗り替えている。2006年5月に開催されたサザビーズ・ニューヨークのオークションでの落札価格は100万ドル。ついに1点の作品の価格が1億円を突破した。仮に作品の価格でアーティストの勝敗が決まるとするならば、村上は現在の日本の美術業界において圧倒的な勝者と言えるだろう。
「どん底」から巻き返した大逆転の秘訣
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『芸術起業論』は、現代美術アーティストとして日本で“頂点”を極めた村上が、自らの経験をもとに勝利の法則を記した本である。
村上は決して順風満帆なキャリアを歩んできたわけではない。30代半ばで日本を飛び出して、ニューヨークに渡った。なぜ日本を飛び出したかというと、「全く食えなかった」からだ。
村上の作品は日本で注目を集めこそすれ、ほとんど売れず、自ら「敗残者」というほど生活は惨めなものだった。時にはコンビニエンスストアの裏口で、賞味期限切れの弁当を分けてもらうほどの困窮ぶりだったと言う。
そんなどん底の境遇からいかに大逆転を果たし、世界のムラカミになり得たのか。本書の中で、村上は自ら手の内を明かしていく。その語り口は、自分をニューヨークへ追いやった日本の美術業界に対して、まるで怒りをぶちまけているとも思えるほど挑発的で、刺激的である。
その作品は「アート」と呼べるのか
「起業論」というタイトルをはじめ、本書はアーティストが著した旧来の美術書とは明らかに一線を画している。多くの場合、アーティストが書く本は、自分の芸術観や作品の背景などを語るケースが一般的だ。本書の中にも村上ならではの芸術観がところどころ顔をのぞかせる。だが、村上が最も力を入れて記すのは、いかに欧米の美術業界で成功するかというノウハウだ。もっと単刀直入に言うならば、いかに自分の作品から金銭的な価値を生み出すかである。つまり、この本は紛れもないビジネス書なのだ。アーティストがここまで“現世的”な執着と成功法則をてらいなく語った本は過去に例を見ない。
では村上が唱える勝利の法則とは何か。一言で言えば、「ターゲットとするマーケットのルールを知り、それに即した戦略を立てる」ことに尽きる。
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恐らく、たいていの人は村上の作品を見ても、どこが「芸術」で、どこが「美術」なのか、訳が分からないに違いない。村上が芸術作品として提示するのは、けばけばしい色で彩られた漫画タッチのキャラクターであったり、母乳や精液のような液体を撒き散らす、とても“上品”とは言えないフィギュアであったりする。
日本の美術業界には「あんなものはアートとは呼べない」と村上の作品に拒否反応を示す人もいる。だがそれらの批判はすべて織り込み済みだ。村上は欧米の美術マーケットで受け入れられるための戦略を、確信犯として実行しているのである。
浮世絵も日本では異端だった
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村上は、日本の文化の中の「異端」とされてきた漫画やアニメ、オタク文化を、欧米の美術業界のど真ん中に送り込んだ。かつて江戸時代の浮世絵は、欧米のコレクターによって、初めて「芸術」としての評価を得た。村上は、漫画やオタク文化に対する同様の視点を先回りして欧米に提示したとも言える。
その際、村上は自分の作品を周到に論理武装した。つまり日本及び海外の美術の歴史を徹底的に学び、その中で漫画やオタク文化を相対的に位置づけた。欧米において、美術作品は「歴史」という文脈の中でしか評価されないことを見抜いていた点に、村上の真骨頂がある。
本書は、美術業界を「マーケット」と捉えて語っているので、美術に詳しくない一般のビジネスパーソンにとっても、抵抗なく読めるはずだ。いかにマーケットにおいて自社製品を他社製品と差別化するか、いかにブランド価値を高めるかなどに腐心する、マーケティング担当者にとっては、特に参考になる部分が多いのではないだろうか。(文中敬称略)
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