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ネットユーザーがマスコミを信用しないわけ

  • 小橋 昭彦

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2006年9月5日(火)

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 以前、信頼についてコラムにとりあげたとき、「固有名詞でつきあう」ことの重要性を指摘しました。

 それに対して、担当編集者から、「じゃあ読者には『日経ビジネスの記事』としてこのコラムを読むのではなく、『小橋昭彦の文章』として読んでいただく必要がありますよね」と感想をもらい、自分を強く出すことが苦手なぼくは、うむ、とうなってしまったのでした。

 記事に署名を入れるかどうかについては、さまざまな論点から議論できそうです。今回はその中で、玉木明氏が『ニュース報道の言語論』(洋泉社、1996)で議論されている、無署名であることが記事という言語空間にもたらす特徴という視点を手がかりにしつつ、マスコミないしジャーナリズムとインターネット表現の関係について考えてみたいと思います。

無署名記事が持つ特徴とは

 まず、無署名であることが記事という言語空間にもたらす影響ですが、これは端的に表現すれば、無署名記事には5W1Hはあっても「I」がないということにつきます。

 「昨日、東区で車4台が関係する事故があった」という記事があったとします。通常の無署名記事として違和感のある内容ではありません。しかしここには、この記事を書いた本人が、この事故があったときどこにいて、何を感じ、どう影響されたのかという視点がまったく入っていません。「出来事」が独立して存在しているかのように仮定されており、「私」と「出来事」との関係性が語られていないのですね。

 一方で、論考や体験記は署名が入る典型例でしょうけれども、そうした記事は、まさに署名した本人がその場にいて経験し感じたこと、あるいはものごとを目にし耳にして考えたこと、そうした「私」と「出来事」の関係性が叙述の中心になります。最近多いインターネット上のブログ記事(基本的に実名ないし仮名で表現され、匿名での書き込みがありません)などは、まさにこうした表現形式の典型例ではないでしょうか。

 ところで、「出来事」が「私」から切り離されて存在するなどということがあるのでしょうか。

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