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明治維新~歴史フィクションと
ノンフィクションの狭間で

『彰義隊』吉村昭著 朝日新聞社刊 1800円(税抜き)

  • 松島 駿二郎

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2006年9月29日(金)

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gisyoutai
『彰義隊』吉村昭著

 明治維新は革命だった。それも世界に比類ない激しく、完全な革命だった。幕末から維新にかけて数限りない物語が生まれた。人は革命という大変動の激波にもてあそばれ、翻弄されていく。先日亡くなった吉村昭が、維新革命期の中から1人の皇族を探し当てた。

 大政奉還から江戸城開城という激変の時代。上野寛永寺の山主、輪王寺宮能久親王という人物。明治天皇の従兄弟にあたる人だ。このお公家さんは、戊辰戦争という激波を浴び、そこから抜け出そうとしたときには「朝敵」となっていた。本人の意思とは乖離したところで、輪王寺宮は朝敵の盟主になってしまった。

 輪王寺宮の運命は苛烈だった。緻密な取材とデータで描き出す歴史物語で定評のある著者は、輪王子宮の時代の波に翻弄された運命を、どこまでも追いかけていく。江戸はしばしば無血開城した、と言われる。官軍は抵抗すれば江戸を戦場にして焼き尽くす、と公言していた。

 しかし江戸は燃えなかった。一万と言われた幕府に忠誠を尽くす武士たちはどこに消えたのか。地位と禄を失った、幕府に忠誠を尽くす武士の一団は、みずから彰義隊と名乗り、上野の山に籠もって江戸の治安を維持するために、毎夜巡回を始めた。迫りくる戦の予感に町の治安は乱れていた。

 彰義隊は提灯に大きな「彰」という字を大きく赤で書いた提灯を掲げて巡回した。時折、薩摩藩士たちに出会うとたちまち斬り合いになるが、江戸守護という大儀に勝る彰義隊の方が強かった。

 勝海舟と西郷隆盛の談判で、江戸は戦場になることなく開城した。彰義隊はたちまち輪王寺宮を中心に上野の山に立てこもってしまった。

 官軍にとっては上野寛永寺が目障りだ、と討伐隊を繰り出す。輪王寺宮はここにおいて追討される身となった。彰義隊の防戦のさなか、輪王寺宮は密かに上野を抜け出す。抜け出してしまえば、輪王寺はお公家様、恐れ多いといわれながらも、最上級の待遇を受けながら東北にたどり着く。

 東北には幕府守護派の奥羽列藩同盟の諸藩がある。会津藩、仙台藩などが最後の抵抗を試みている。質実ともに輪王寺は「朝敵」である。奥羽列藩同盟は会津白虎隊のように散っていった。

 輪王寺宮は幽囚の身となる。その中から新しい出発を求め、叔父に当たる睦仁親王(明治天皇)に嘆願書を送り、海外留学を申し出た。それは直ちに受け入れられ、プロシア(ドイツ)への派遣が決定した。ベルリンのれ陸軍大学で学び、それを日本に持ち帰り日本陸軍の西欧化に勤めた。

 日清戦争に従軍し、さらに台湾出兵に際しても最前線で指揮を執った。そしてマラリアに冒され、崩御した。常に危険な最前線にたちことで、宮は皇軍に対峙したことを詫び、報恩を果たしたのだった。

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