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「太平洋戦争」の戦記を読む

『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』 梯久美子著 新潮社刊 1500円(税抜き)

  • 松島 駿二郎

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2006年11月10日(金)

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『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』 梯久美子著

 小笠原諸島の南にポツンとある孤島。火山島であり、硫黄のにおいが立ちこめる。住人はほとんどいない、見捨てられたような休火山島・硫黄島を巡る大決戦が行われた。

 硫黄島を守ることは、日本の最後の防衛戦を確保することだった。いったん、この島がアメリカの手に墜ちると、米空軍の長距離爆撃機の射程内に日本本土がすっぽりと入ってしまう。

 防衛最高指揮官は栗林忠道陸軍中将。第109師団を率いて、硫黄島を死守すべし、という命が下ったのが1944年6月だった。既に南太平洋諸島での戦いの帰趨は米軍のものだった。制空権も米側にあった。栗林が硫黄島に赴任した日に、3度の空爆があり、司令官はそのことを肝に銘じた。

 硫黄島を取り巻いて、膨大な物量を誇るアメリカ軍が上陸作戦の準備をしていた。今までの日本軍の守備作戦は、ほとんどが上陸地の水際で、持っている最大戦力を投入して上陸を阻止するというものだった。そして、いったん水際の防衛線を破られると、陸上戦で自殺的突撃(バンザイ突撃と言われた)を繰り返し、一分の陸地でも守りきる、という作戦だった。この作戦はほとんどの場合、玉砕で終わった。

 サイパン、アッツ、テニアンなどいずれも玉砕だった。日本側の人命の犠牲が多い割には、米兵の消耗はほとんどない。そこで栗林は独自の作戦を考え出した。米軍の上陸は避けられない。だったら米軍の上陸はいったん許す。そして内陸に引き入れて、そこでゲリラ戦を長引かせる、という作戦だった。

 米軍は上陸前には徹底的な艦砲射撃を行う。それをまともに浴びたら、島には誰も生き残れない。そこで、艦砲射撃は地中に潜って避けようと考えた。栗林は直ちに隧道掘りに取りかかった。艦砲の攻撃に耐えることを目的とした地下陣地は、地中15~20メートルに掘り進められた。ところによっては地熱と硫黄の臭気が耐え難い部分もあった。地下トンネルの総延長は約15キロメートルにも達した。

 栗林の作戦は功を奏し、5日で片づくだろうという米軍の目算は大きく狂い、実に30日間も島は持ちこたえた。また死傷者数も日本軍より米軍の方が多くなった。太平洋戦争の南太平洋の戦いで、死傷者数の逆転が起きたのは硫黄島だけだった。

 擂鉢山に海兵隊員たちによって星条旗が押し立てられている写真はAP通信のカメラマンの配信で世界に知られた。この国旗掲揚はアメリカ軍の勝利のシンボルだったが、実は栗林にとって本番の戦いはこれ以後も続く。

 最後の総攻撃は栗林師団長が先頭に立って行われた。師団長はじめほぼ400人が、名誉の戦死を遂げた。

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