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いじめられっ子だった四半世紀前の自分へ

  • 小橋 昭彦

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2006年11月28日(火)

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 子どもが図書館で借りてきた童話『宇宙人のいる教室』(さとうまきこ、金の星社)を読んでいて、あれ、と手をとめて奥付を確かめたのでした。1984年初版発行。もう20年も前です。ところが描かれているテーマは今を映している。「いじめ」です。動きの鈍い転校生を、クラスのみんながからかう。そう、あの頃もまた、いじめが社会問題になっていました。この本のあとがきにも、仲間はずれにされた少年が投身自殺した事件が紹介されています。

 ぼくが学校生活を送っていたのもちょうどその頃。田舎町の学校でも、「不潔」といって仲間はずれにされていた子がいたし、自分自身、ロッカーに閉じ込められて牛乳をかけられるといった程度の(だけど若い心にはとても苦しい)いじめにあってもいました。やはりいじめがテーマになっている1986年製作の映画「ブラックボード」(新藤兼人監督)を見返すと、「偏差値教育」が問題点のひとつとして語られていた当時の空気が甦ります。それゆえ当時進められていた「ゆとり教育」を歓迎する思いが強かったことも。

それは、子どもの問題ではない

 あれから四半世紀。ぼくたちは、どんな対処をしてきたのでしょうか。あるいは、ガキ大将の例を出して言われるように、子どもの世界に強者・弱者がつきものであるとすれば、それを乗り越える「生きる力」(と教育用語を持ち出すのも皮肉ですが)を与えることができたのでしょうか。

 当時、自分自身も死を空想し、いま死んだら理由がわからないと大人たちは言うのだろう、しかし小さな苦しみでも日々積み重なれば人を殺すのだと心の中で叫んでいた(だけど様相が変わればいじめる側の輪に連なってしまう弱さを持った)あの頃の自分と対話しながら、昨今の報道に接しています。

 そんな当時の自分が現在のぼくに問いかけるひとつは、「それを自分の問題ととらえているか」という問いです。あの頃、いじめはたぶん、大人の問題でした。子どもの心の問題ではなく、教育を担う大人の責任として語られ、だからこそ教育改革を進めようという気運が高まりもしたのではなかったか。

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