前回と少し焦点を変えて日本の病院、特にガン病棟の課題に触れてみたいと思う。
私の経験からだと3つのことが目立つ。第一に日本のガン病棟は必要以上に暗いこと。第二に入院期間が驚くほど長いこと。第三に自分の病気に対して、患者の好奇心と知識が少なすぎることが挙げられる。
まず雰囲気だ。ガン病棟に入ったとたんに暗い雰囲気が漂ってくる。多くの患者は無表情で、ちっとも生き生きしていないように見える。これはなぜか男性の患者に特に多い。
おそらく一部の読者はこの言葉は厳しすぎるのではないかと思うかもしれない。確かにガンは大変な病気で、場合によっては耐えられないほどの痛みも伴う。私も、どんなに痛み止めの薬を使っても眠れず、男泣きするほどの痛みを経験している。隣のベッドの方が亡くなってしまうという経験も一度ではない。痛く、つらく、不安で、苦しくて、楽しいはずがない。
だからこそ、できる限り明るく生き生きした場所にすべきではないかと思う。人間は生まれて、死に向かって生きる。生まれた日から死に始めるようなものだ。生きるために他の命を食べる。そして次の世代を生かすために前の世代が死んでいく。実際は至る所で、我々は死に囲まれているわけである。
だからといって常に死を意識して暗くなったり、受身的に生きるべきであろうか。とんでもない! その意味で管理側がもう少し積極的かつ明るい精神で病院を運営すればいかがであろうか。
患者のために小さなコンサ-トを行う、病院の中でも映画を見られるようにする、そして面白い講演会や落語も企画しよう。ふらりと寄りたくなるような雰囲気の良いコーヒーショップを開店しよう。明るい色の壁にして、花や飾り物に多少お金を使おう。病院の独特の匂いが消えればなお良いけれど。
例として、東京世田谷区の国立生育医療センターでは、子供や親の視点でいろいろなことが実践されていると感心した。役所の管轄や予算、天下りやしがらみなど、クリアーしなければならない現実問題は多いのだろうが、今後に期待したい。
第二に入院期間の問題である。これを取り上げる前に一言欧米の事情を説明しておいたほうがよいと思う。
現在、欧米特にアメリカやオーストラリアなどの医療システムを支配しているのは保険会社だ。多くの人は国の健康保険制度ではなく保険会社の健康保険プランに加入している。できるだけ入院期間を短くするのが利益を追求する組織である保険会社にとっては有利だ。
ご存知の通り、欧米ではお母さんが子供を生んでから3日ぐらいで退院するのが当たり前である。入院期間は極めて短い。日本は逆だ。ガンの化学療法のために六カ月入院するのはごく普通のこと。欧米では化学療法のために通院するのが珍しくない。
ホルコムさんの素朴な疑問にお答えします。私は大学病院で腎臓全摘術のため3週間弱入院しました。インフォームド・コンセントという言語は輸入しましたが概念となるとさっぱりです。私自身も教授室で一言「悪性腫瘍の疑いです」と告知されただけで「それって所謂ガンですか」とは聞き返せませんでした。日本には医師と患者に上下関係があり、難しい病は先生に一任するという風土があります。先日、米国で友人の受診に立ち会って医師と患者のフラットな関係、院内の明るさに大いに驚き、自国との差に落胆したものです。日本の医療はまだまだメディカル・ケアの直訳は当てはまりません。残念ですが。(2007/02/03)