「超ビジネス書レビュー」

『日曜日の万年筆』が描く「手順」の達人、池波正太郎

人生に必要な知恵はすべて「体」で学んだ

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2007年4月25日(水)

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人間は、生まれ出た瞬間から、死へ向って歩みはじめる。
死ぬために、生きはじめる。
そして、生きるために食べなくてはならない。
何という矛盾だろう。

『日曜日の万年筆』池波正太郎著、新潮文庫、476円(税抜き)

日曜日の万年筆』 池波正太郎著、新潮文庫、476円(税抜き)

 『鬼平犯科帳』『剣客商売』などの時代小説を多数発表し、死後15年以上経つ今でも絶大な人気を集める著者。衣・食・住に通じた粋人としても知られ、このエッセー集ではその生活と信条がありのままに綴られている。「収支の感覚」「絵を描くたのしみ」「酒」「勘ちがい」など、肩の力を抜いて読める文章ばかりだ。

 しかし、冒頭で引用した一文のように、本書には、人生や社会を覚めた目で見つめる姿勢が貫かれており、ときどきドキリとさせられる。

 太平洋戦争で従軍した経験を持つ筆者は、敗戦後、手のひらを返すように「自由主義」に酔い始めた世間に呆れ、虚脱し、不信感が心身に植えつけられたという。この不信感で身を崩してしまった旧軍人も多かっただろう。が、筆者の場合は、コツコツ働くための信条へと転化した。

 私は私なりに努力もし、はたらきつづけてきたわけだが、この間、つとめて心がけたのは、何につけても、
「物事に期待をせず、自分の仕事の質をみがいて行く」
 ということだった。
 行く手への期待も希望もなく、何で努力ができるものかといわれればそれまでだが、それがもう、私の体質になってしまった。

 最も創造性を求められる職業の一つである小説家の筆者が、このような仕事観を持っていたのは意外に思える。知識やテクニックを積み重ねたからといって必ずしもいい作品が書けるわけではない。どんなに時間をかけて「自分の仕事の質をみがいて」も、読者にそっぽを向かれたら終わり。怖い仕事だ。面白いアイディアや構想が浮かばないときは、どうやって打開したのだろうか。

「或日。突然に」

 著者は、頭ではなく体で行き詰まりを解いて行くと答える。体の感覚だけが頼りなのだ、と。

 徴兵される前に軍事工場で精密部品作りに携わった経験がある著者は、「深く微細に、理論的に根気よく何かをするということが嫌いでたまらなかった」。当然、最も覚えの悪い工員だった。しかし、根気よく丁寧に教えてくれる上司の指導もあって、なんとか半年間続けていた。そして…

 或日。突然に、ぱっとわかった。
 図面が読めるようになり、機械が手足のようにうごいてくれはじめた。
 いま、小説を書いていて、出口のないトンネルの中を手さぐりに苦しみながら歩いているうち、急に、遠い彼方の出口から外光がながれ込んでくるときのおもいと、まさに同質のものだった。

(中略)

 物をつくるという手順を、感覚で躰におぼえこませたことが、いまの私の仕事の基盤になっているのだ。

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著者プロフィール

大宮 冬洋(おおみや・とうよう)

フリーライター。1976年埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職するがわずか1年で退職。編集プロダクションを経て、2002年よりフリー。『日経ビジネスアソシエ』、『プレジデント』、『食彩浪漫』、『きょうの料理ビギナーズ』、『dancyu』などで執筆。著書に、『30代未婚男』、『ダブルキャリア』(ともに共著/NHK出版)がある。最近の課題は「自炊」。食生活ブログをほぼ毎日更新中。



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