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ロダンからの独立と心の病

自分を生きた女たち~カミーユ・クローデル(3)

  • 松島 駿二郎

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2007年5月25日(金)

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 カミーユは30歳になる少し前に独立した。アトリエを「奇蹟小路」と呼ばれる貧民街に構えた。なぜ「奇蹟」かといえば、ここの住人である数々の目や耳の障害者たちが、パリの盛り場で稼いで帰ってくると、奇蹟的に一挙にピンピンの健常者に戻るからだという。

 カミーユはアカデミー(美術の本流)を知らなかった。ロダンも知らなかった。ロダンのアトリエではついにアカデミーへの繋がりを持つことができなかった。

 彼女はこのアトリエでいくつかの傑作を創作する。誰が見ても感嘆するしかない『小さな女城主』、『おしゃべりをする女たち』など、誰にも真似のできない作品を作り上げていく。

 と同時に、訣別したはずのロダンへの愛憎が、日々増大していく。ロダンはその当時栄光の頂点に立った。それを奇蹟小路から見ながら、カミーユの心は強迫観念に、絞り上げられていった。あの彫刻は私の真似だ、剽窃だ。誰も彼もがわたしを貶めようとしている。おかげでわたしは極貧の生活を強いられている。

 実際にカミーユは極貧と精神の病に喘いでいた。アトリエはゴミで埋まり、一日中何かをつぶやいている狂気の女。

 何か手を打たなければならないと感じたのは弟のポール・クローデルだった。弟のポールは、姉を愛することでは人後に落ちない。

 1890年に外交官試験を首席で卒業したポールは、北京、ニューヨーク、上海、福洲などの領事部の仕事の後、1921年から27年まで駐日フランス大使となった。フランス大使としては異例の、長期にわたる任務だった。

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