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【第4回】 マーラーの録音開始早々、大問題に直面

だが指揮者インバルの一言で事態は好転する

  • 諸石 幸生

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2007年5月25日(金)

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1985年2月、いよいよインバル指揮、フランクフルト放送交響楽団によるマーラーの交響曲全集の録音がスタートしたが、ドイツのヘッセン放送との共同制作が思わぬハードルが川口さんの前に立ちはだかった。なんと川口さんは中継車に閉じ込められ、録音の最前線に口が出せなくなってしまったのだ。さあ、ヘッセン放送局主導でいくのか、川口義晴の美学を貫くのか、第1番「巨人」から舞台裏でバトルが始まった。これはまさに予想外の“事件”だった。


「どうしてカワグチと直接話ができないんだ」

―― インバルのマーラー全交響曲録音はヘッセン放送との共同制作となっていますが、どんな点が難しかったのですか?

音楽プロデューサーの川口義晴さん

音楽プロデューサーの川口義晴さん (写真:清水 健)

川口: 最初はもう悲惨でした。共同制作の契約内容では、録音した内容の権利について放送に使うものは放送局が持ち、製品化するものはコロムビア(現・コロムビアミュージックエンタテインメント)が持つとなっていました。ただ実際の収録に関しては、放送局にはディレクターやエンジニアがいますから、放送局側にしてみれば、僕が行くなんて邪魔なことなんですよ。だから録音セッションが始まると、僕は中継車に押し込められてインバルと直接話すのが難しくなった。要求したいことをインバルに伝えようにも中継車からホールの中の録音調整室(そこには放送局側のディレクターがいる)を経由して、それをステージに伝えるしかない。直接話ができない。

―― 日本人のディレクターが邪魔という訳ですか。

 そう、だから車に閉じ込めちゃう。また、彼らは彼らでものすごくプライドが高いんですよ(笑)。トーンマイスターって呼ばれる人たち、それにちゃんと教育を受けたエンジニアのプロですから。

―― でも、録音の基本コンセプト、品質へのこだわり方が放送局のそれと川口さんとでは違いますよね。

 だから僕らは、ベテラン・エンジニアのピーター・ヴィルモースを送り込んだんです。フェーダー(調整卓についているマイクロフォンからの出力をコントロールするスライド・レバー)なんかあまりいじらないようにして収録したかったから。

―― このマーラーはワンポイント・マイク録音(この呼称は日本独特なものだった。今では録音技術界では一般に使われているらしい。一組のペアにしたマイクロフォンだけで録音する。フランスのレーベル「シャルラン」がこの方法で知られる。マイクロフォン同士の位相差がないので、濁りがない音を得られる)でしたね?

 そうです。もっとも補助マイクは使いますから、最終的には30~40本のマイクを立てたかもしれませんが、実際にはほとんど使ってない。基本は2本のマイクで録る、それが大原則。それをドイツ人のエンジニアは習慣的にマイクロフォンをやたら使いたがるし、フェーダーもいじりたがるんですね。それをやられてはたまらないから、その辺のコンセプトをよく分っているヴィルモースに参加してもらったんですが、僕はとにかく車に閉じ込められているから、口を出すのが難しい。

 それで、交響曲第1番《巨人》の1日目のセッションが終わった時、インバルが怒っちゃって。「どうしてカワグチと直接話ができないんだ」ってね。インバルはヘッセン放送の技術とか制作能力を全く信用してませんでした。その時、ドイツ人のディレクターを呼びつけて「セッションはどうだった」とインバルが聞いたんです。するとディレクターが「全般に音程が悪かった」とか、そういう一般的なことを言うわけですよ。するとインバルは、「じゃそれは具体的にどこだ」と確認しようとするのですが、何も答えが返ってこない。そういう曖昧(あいまい)なことを言われるのがインバルは大嫌いだから怒っちゃって、放送局サイドは大騒ぎになった。そんなわけで2日目のセッションから中継車とステージの直接のラインが引かれた。2回目(第2番『復活』)のセッションからは、そのディレクターはいなくなっちゃった。別の人が来ましたけど、その人は何も言わなくて、私の指示で動いてくれましたし、お互い意見を求めあったりした。それでようやく友好的な関係でスタートしたんです。それからようやく楽になりましたよ。だから実質的に自由にやれたのは交響曲第2番からですね、僕が録ったと完全に言えるのは。1番は中継車の中ですから(笑)。

―― インバルにとても信頼されていたんですね。

 そのことは、いまだによく分からない。どうしてなんですかね?ただあの人は勘の鋭い人だから…。それにしても分からないですよね。たしかに2人の関係はそれからずっとうまくいくわけだけど…。

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