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移民政策---オーストラリアの場合

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2007年5月29日(火)

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 前回で日本が直面している移民の問題に触れました。その後に自分の国の移民の経緯はどうだっただろうと振り返ってみました。改めて、私の母国オーストラリアの移民についてお話ししましょう。

 オーストラリアにおける移民は、第2次世界戦争の後に大変盛んになりました。しかし、年配の日本人はよく覚えていると思いますが、「白豪主義」というのが基本方針でした。すなわち同じアジア太平洋地域に住んでいるアジア系の人々に対して差別的な政策でした。

 広大な国土に労働力が足りないために、ヨーロッパ各国から非常に積極的に移民を誘致しようとしました。ほとんどただ同然の船賃でオーストラリアまで渡航できる助成制度さえ設けるほどでした。

 その結果、イギリス人をはじめとしてイタリア人やギリシャ人などの大勢のヨーロッパ人がオーストラリアへ移民しました。たとえば、メルボルンはあまりにもギリシャ人とその子孫の人口が増えたので、ギリシャのサロニカに代わって「ギリシャ第2の都市」と呼ばれるほどです。

 1972年、長年政権を握っていた保守党が総選挙で敗北し、新しい労働党政権が移民政策を一新しました。従来の主な貿易相手であったヨーロッパやアメリカから、豊富な資源などの輸出先をアジアに向けるようになりました。貿易だけではなく、政治や文化の関係もむしろアジア諸国と深まるようになっていったのです。

 私自身は、オーストラリアにおいてアジアの将来性を悟った第1世代の1人です。移民政策については「多様民族」がキーワードになり、アジア系の人々に対する差別的な障壁を取り外しました。徐々にアジア系の移民が増加し、今となっては、オーストラリアのどの都会に行っても、アジア系の存在が目立ちます。

 「多様民族」を基盤にした移民政策は、オーストラリアに来る移民の多様性を歓迎しましょうという精神に基づいていました。他国の文化を受け入れることによって、オーストラリアがより豊かになるという考え方でした。

教育、医療などの面で政府が後押し

 この多民族受け入れに大いに貢献したこととして、移民向け放送局の役割があります。この放送局は、政府が国の予算を割り当てて力を入れてきたものです。SBSというテレビとラジオ放送局は大変ユニークな組織です。あらゆる移民が自分の得意な言語によって、ニュースやドラマなどを見たり聞いたりすることを可能にすることを使命としています。

 SBSラジオは68言語で放送、SBSテレビも60以上の言語で番組を放送しています。全番組中の半分以上は英語でない言語のコンテンツが占めています。1時間ごとに違う言語で放送しているペースです。

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