「ムラからの手紙」

ムラからの手紙

2007年6月11日(月)

長靴を“あきらめる”経験
〜守っているのは、なぜですか?

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 ようやく、田植えが一段落しました。今年わが家での作付け面積は、もち米や黒米、赤米を含めておよそ4町(約397アール)。農業は弟が中心にやっていますが、2日ずつくらいに分けて、全部で3回。新しい田植機を利用したせいでしょうか、予定より苗があまってしまい、もったいないことをしました(必要な量の苗だけ購入する農家もありますが、我が家では苗を育てるところから手をかけています)。

 先日認めた若いあなたへの一文で、田舎体験を通して世界とのつき合い方を学ぶという話を書きました。今日はそのことについてもう少し続けます。今年の田植え期間中にも、都市部から参加者を募って田植え体験イベントをやるところがあり、その様子を伝え聞いて感じることがありもしたからです。

田植えという経験

 そうそう、最初に確認しますが、田植えはご存じですよね。以前、都会育ちの友人と話していて、今も手植えで行っていると信じていて驚いたことがあります。都会から来てもらって行う田植えでは、ふだんの田植機による作業ではなく、手植えを経験してもらいますから、仕方がないことかもしれません。それはある意味イベント化された経験で、農業を体験してもらうという意味から外れているのですが、田舎を体験するというもう少し大きな観点からは、原点を体験することにも意義はあります。

 田植えをしたことはありますか? 田植えでなくてもいいです、田んぼに入った経験は? おもしろいんですよ、田んぼって外から見る以上に、実際に足を踏み入れると、泥沼です。ずぼずぼって足がもぐりこんでいく。

 ふだんコンクリートか公園の土の上しか経験していない人にとっては、まずもってこの体験だけでも価値があります。ぬめっとあたたかく、足の指の間にじわわと泥が入り込んできます。こそばゆいような、気味悪いような。奇妙ですが、快感でもあります。この経験を強調するために、田んぼで泥んこドッジボールをしたり、どじょうすくいをしたりといったイベントを企画することもあるくらいです。

 今日考えたいのは、実は田植えそのものではなく、この田んぼに足を踏み入れるという経験についてです。田植えを機械ではなく手植えで経験してもらう価値の少なくない部分が、この泥との格闘にあるとぼくは思っています。もちろん、こうした田んぼの状態も、自然にできるものではありません。まずは田んぼを耕し、そこに水を入れ、さらに何度か耕し返し、水が十分しみこんだところで代掻き(しろかき)をしてという作業を積み重ねて、農家の人たちが作り上げたものです。

長靴をあきらめる

 さて、仮にあなたが田植えイベントに参加されるとしたら、準備はどうしましょうか。服装はもちろん汚れてもいい格好。着替えも準備されるでしょうね。長靴は持っていますか? 街で長靴を履くことなんてほとんどありませんから、持っていないかもしれません。ホームセンターで買ってもいいですが、靴でも十分です。

 それというのも、実際に田植えを経験される方のほとんどが、最初は長靴をはいてこわごわ田んぼに入っていっても、そのうちあきらめて脱いでしまうんです。一歩一歩、長靴を越えて泥が入るかもしれないと恐れつつ足を踏み出すのは気が疲れますし、踏み込んだ足を抜くのがまた一苦労で、ともすれば長靴だけ泥の中に残して足を抜いてしまいかねない。そんなわけだから、けっきょく長靴をあきらめて、素足で泥に入った方がはやいって気づくんですね。

 ぼくがたいせつだと思うのは、このときの「あきらめて」という経験なんです。それまで足を汚さないようにと考えて作業をしていた、それをあきらめて素足で泥に入る。そういう経験。でもね、ちょっと考えれば分かるように、あきらめてといっても、実際には何を失ったわけでもないんです。苗を植えるという作業は完遂できるし、むしろ効率が上がる。脚についた泥だって、横の小川で洗い落とせば済む話ですし。おもしろいんですよ、それまでこわごわ作業しているように見えた人たちの目が、素足で泥に入ったとたん、輝きだすんですから。子どもなんてまさにそうですね。笑顔が、何倍もすてきになる。

 そんな笑顔を見ながら、ぼくは思うのです。ぼくたちはふだん、素足で泥に入るという種類の経験をしていないんじゃないかと。

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著者プロフィール

小橋 昭彦(こばし あきひこ)

兵庫県の農村に在住。3児の父。NPOを母体に、地域メディアの運営や農業を通した消費者との関わり、里山の持続的発展など、情報社会における地域のあり方を自分の生活を通して探り続けている。本サイトにて連載の「ニュースを読む目」一覧はこちら


このコラムについて

ムラからの手紙

情報化社会を、都市ではなく田舎から、ムラから考える。高齢化など最前線の問題を抱える一方、里の自然や地域共同体が残る場所に立つことで見えてくるものがある。ネットの登場で我々が得たもの、変わっていくものは何か。都市とネットに生きる若い世代に、情報化を通してまちおこしを試みる著者が認める書簡集。

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