始業時間は、一応10時になっている。
だが、必ずしもその時間にデスクに座っている必要はない。期限内にやるだけのことをやってしまえば誰からも文句は出ない。だから、北川良一の出勤時間はたいがい午後と決まっている。その代わり、午後10時前に会社を出ることはない。退社はいつも終電ぎりぎりだ。
仕事場は、およそ20畳ほどのワンルーム。ここに新旧合わせ4台の編集機器が並べられている。北村が常用するのは、最も古いタイプのものだ。使い馴れているからでもあるし、古いぶんそれなりの技術を要するからだ。作業に入ると、4〜5時間は禁煙を強いられる。分煙所で軽く一服つけて、それから編集用のデスクに座る。
畳3枚を並べたようなどでかい編集テーブルが部屋の中央に置かれ、正面の壁には5台のモニターテレビが埋め込まれている。いくつものボリュームつまみと表示パネルが並び、それだけを見ればテレビ局の編成室を思わせる。
北村は無言でマスターテープの再生ボタンを押す。切りのいいところでやめた昨日の続きからだ。5台ある正面のモニターが映し出したのは、一糸まとわぬ姿で横たわる女性だった。その上にのしかかるように男性の後ろ姿がある。こちらもまた裸だった。そして、男は激しく腰を動かし始めた。
映像は、全くの無修正だった。
カメラが寄り、画面が露骨なクローズアップになる。北川の仕事は、この無修正映像にモザイクをかけることだ。彼の仕事は、アダルトビデオのモザイク処理専門オペレーターなのである。
「こんなのはまだおとなしいほうだよ、消しは1カ所でいいからね。これが3Pだ乱交だとなれば、何カ所も同時に消していかなきゃならないから」
モザイク処理を施すことを、アダルトビデオ(以下AV)業界では“消しの作業”と呼んでいる。
北川は、その消しの作業に“ジョグスティック”を使う。マニュアル式の車のギアに似たインタフェースを持つモザイク処理機だ。スティックの動きに連動して、画面上に現れたモザイクも動く。男女の絡みに合わせ、モザイクをかけるべき場所を手動で追いかけるわけだ。
右手でスティックを操作し、左手でモザイクの大きさや濃淡を調節する。作業は決して容易ではない。動きが大きすぎると、見せてはいけない個所がモザイクからはみ出てしまうからだ。だから経験を要する。今年43歳になる北川は、この道15年のベテランだ。
「ここ3〜4年はパソコンを使ったデジタル処理が主流になってきたけど、あっちはあっちで別の打ち込み作業が大変なんだ。こっちはアナログだけど、結果として1本仕上げるまでの時間は変わらないからね。だからぼくはスティックを使う……、ここでこれを使えるのはぼくだけだし」
消しは、オペレーターの裁量に任されている。
モザイクの濃淡や大きさを決めるのも北川の仕事だ。黙々と消しの作業に没頭する。映像に性的興奮を覚えることもない。どんなに好みの女優が出演していようと、知らないようなアクロバティックなプレーが演じられようと、性器は消しの対象でしかない。
「だってさ、毎日見てんだよ。スケジュールに沿っていくと、3日で2本は仕上げなきゃいけない計算になるんだ。休みを月に8日取るとして、少なくとも1日1タイトルかけていかないと追いつかない。最初の2週間だけだったな、興奮したのは。お前もだろ?」
そう言って、北川はすぐ背後の席で作業をしていたスタッフに声をかけた。
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