• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

連休は標本作り

2007年6月6日(水)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 五月の連休には、例年どこか「ど田舎」に虫捕りに行くことにしていた。うんと辺鄙で人気のないところでないと、混んで動けない。宿も取れない。だから ここ数年、紀伊半島や四国に行っていた。人気の観光地にさえ行かなきゃ、 空いている。連休中の一日を走り回っても、ほとんど他の車に出会わないこと すらある。そりゃ当然で、どこかが混むということは、どこかが空くはずなので ある。

 でも今年はどこにも行かない。ラオスに次いで、石垣島で虫を採りすぎた。 箱根にこもって、標本を作らなきゃならない。

 屋久島、鹿児島、石垣島とまわったが、なぜ鹿児島だけは島じゃないんだ。 そんなバカなことを考えながら、ひたすら手先を動かす。

 ただし一時間ていど散歩に出て、虫を採る。それができるのが箱根のいいところ。

 家の前に台ケ岳が見える。仙石原のススキが原を越えていくと、この台ケ岳 の山腹をまく道がある。舗装がなく、車は通らない。虫採り専用道路といってもいい。急ぎ足なら、家から片道四十分ほどで歩けるコース。

仙石原で採れたヒメビロウドカミキリ

仙石原で採れたヒメビロウドカミキリ

 ススキの原っぱは、三月に野焼きする。だから草原性の虫がいくらか残っていて、昨年はセアカオサ、ヒメビロウドカミキリなどが採れた。連休では早すぎて、草原にはまだあまり虫はいない。日本中からここまで草原が消えると、この小さな草原でも、大切な自然環境である。天気のいい休日には、大勢の人がただ草原を歩いている。みんな、こういうところを歩きたいのである。

 なんたって、気持ちがいいからね。それなのに、なぜ日本中から草原が消えるのだ。平らな土地さえあれば、ビルばっかり建てやがって。バカの一つ覚えという言葉を知らないのか。(お前だって、虫ばっかり採ってるじゃないか。これには聞こえないフリ。)私が虫を採ったって、虫はいなくならないが、ビルを建てたら根こそぎ消滅する。

 自動車道路を挟んで反対側も草原で、じつは湿生花園。ここは人工的に湿原を維持していて、ミズバショウまで植えている。神奈川県で唯一のオオルリハムシの産地である。とはいえ、私は採ったことがない。神奈川県ではここにしかいないのは、食草が十分にある湿原がほかにないからであろう。エゾシロネ、シロザなどを食べる。数年前に自然環境研の戸田さんから、数頭送っていただいた。新潟県の休耕田で採ったという但し書きがついていた。大きくてきれいなハムシだから、見かけたらつい手が出る。私が箱根で採ったことがないのは、見かけたことがないからである。見かけなきゃ、手の出しようがない。

 昨年、三重県久居の秋田克己さんが箱根の家に来た折に、居合わせた小田原の平野幸彦さんに詳しく場所を聞いて、オオルリハムシを急ぎ探しに行った。でも採れなかった。その報告を聞いて、平野さんが「さては絶滅か」と心配そうな顔をした。

 突然だが、甲虫屋でこの二人を知らない人はない。ないと思う。早い話が、虫採りのために生まれてきた人たちである。秋田さんに捕れなかったら、とりあえずそこにその虫はいない。平野さんが見たことがない虫だといったら、絶対に珍しい虫である。

丹沢にて ウツギの若葉を食べるカントウヒゲボソゾウムシ

丹沢にて ウツギの若葉を食べるカントウヒゲボソゾウムシ

 ススキの草原から林に入ると、なにかしら虫がいる。この季節にかならず採れるのはシロオビタマゾウムシ。この連休には、クロホシモモブトハムシ、ムツモンチビオオキノコ、カッコウカミキリ、ヘリグロチビコブカミキリなどが一回の散歩で採れた。珍しいものではないが、どこでも採れるというものでもない。ほかにもいろいろいるはずなので、ここを箱根の基準の虫採り場にしている。

 ヒゲボソゾウムシでいえば、草原から林の中に入ったとたん、カントウがまず採れる。日陰になっている林のなかを抜けて、山腹をまくやや広い道に出ると、日当たりがいい。ここではケブカトゲアシになる。この二種は同時にも採れるが、全国的に見れば、トゲアシ群が標高のより高いところにいるのが普通。

 この二種が微妙に棲み分けている様子を、台ケ岳で詳しく調べてみたい。

 ゾウムシの名前が長いのは、私のせいじゃない。でも、仕方がないのである。ゾウムシの仲間の、ヒゲボソゾウムシの仲間の、トゲアシヒゲボソゾウムシの仲間の、「ケブカ」トゲアシヒゲボソゾウムシなのである。むろん全部いうのは面倒くさいから、ふつうは縮めて呼ぶ。

 箱根のヒゲボソゾウムシは面白い。南に下がると、箱根峠までカントウが採れる。そこからさらに南に下がると玄岳に入るが、急になにも採れなくなる。次にカントウの仲間、つまりOtophylloius 亜属の種が採れだすのは、天城山の近くまで南下しなければならない。

 ところが天城山を中心に、伊豆で採れるこの仲間は、箱根とは種が違う。カントウではなく、リンゴヒゲボソゾウムシである。つまり伊豆のリンゴヒゲボソは、分布が孤立していることになる。伊豆近辺の山々、箱根、丹沢、愛鷹山にはカントウがいて、リンゴはいないからである。河口湖から山梨県にかけて、リンゴがふたたび出現する。

 伊豆は八十万年前までは、大島と同じように島だった。そのときの状況がまだ残っているらしい。だから近くの本土とは、異なる種が分布していてもいい。

コメント0

「養老孟司先生のタケシくん虫日記」のバックナンバー

一覧

「連休は標本作り」の著者

養老 孟司

養老 孟司(ようろう・たけし)

東京大学名誉教授

解剖学者/作家/昆虫研究家。1937年生まれ。62年東京大学医学部卒業後、解剖学教室へ。95年東京大学医学部教授を退官し、その後北里大学教授に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

環境の変化にきちんと対応して、本来提供すべき信頼されるサービスを持続できる環境を作り出さなければならない。

ヤマトホールディングス社長 山内 雅喜氏