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「ルネサンス型クリエイター」、ル・コルビュジエのすべて

森美術館館長 南條史生氏

  • 木谷 節子

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2007年6月11日(月)

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20世紀を代表する数々の建築家の中でも、特に日本人に人気が高いと言われるル・コルビュジエ(プロフィールは文末参照)。彼の建築家としての側面はもちろん、画家・デザイナー・思想家といった様々な側面に光を当てた大規模な展覧会が、現在、森美術館で開催中だ(会期は9月24日まで)。それにしても、なぜ、ル・コルビュジエはこれほどまでに日本人の心をとらえるのか? 自ら展覧会の企画をし、陣頭指揮を執った森美術館(東京・六本木)館長の南條史生氏に、ル・コルビュジエの魅力と、ぜひ体験しておきたい展覧会の見どころをうかがった。


なぜ今、ル・コルビュジエか?

今回の「ル・コルビュジエ展」を企画した森美術館館長の南條史生氏

今回の「ル・コルビュジエ展」を企画した森美術館館長の南條史生氏 (撮影:清水 健、以下同)

 最初に、この「ル・コルビュジエ展」開催の経緯をお話ししますと、実は、今年2007年は、ル・コルビュジエ生誕120周年に当たる年なんですね。そして、来年2008年は、世界各地にあるル・コルビュジエの建築が、ユネスコの世界遺産に登録申請されることになっています。そこで今、ル・コルビュジエの建築を持っている国々では、上野にある国立西洋美術館も含めて、世界遺産登録に向けての準備が着々と行われているところなんです。

 また、ル・コルビュジエの多くの絵画作品は、実は森美術館が属する森グループが持っています。そういう意味では森美術館がオープンした時から「ル・コルビュジエ展」はいつかは開催されるであろう展覧会でもあったのです。そこで、生誕120周年ならまさに絶好のタイミングだということで、今回の「ル・コルビュジエ展」が実現したというわけです。

ル・コルビュジエと日本

 今回、展覧会のカタログでは、黒川紀章さん(代表作:オランダ、アムステルダムのゴッホ美術館新館、国立新美術館)や槇文彦さん(代表作:幕張メッセ、六本木ヒルズ内のテレビ朝日本社)といった建築家の方々に寄稿していただいています。私も、今回、改めてル・コルビュジエについて調べましたが、日本の建築関係者で彼の影響を受けていない人はいないとも言えるようですね。

 まず、日本では、前川國男(代表作:東京文化会館、東京海上ビルディングほか)、坂倉準三(代表作:神奈川県立近代美術館鎌倉館ほか)、吉阪隆正(代表作:アテネ・フランセほか)ら、戦後すぐにル・コルビュジエに弟子入りした建築家たちがいますね。その中でも、敗戦後6年目にして坂倉が建てた神奈川県立美術館鎌倉館は、ピロティ形式という、柱で建築を持ち上げた構造で出来ていて、典型的なル・コルビュジエのスタイルになっています。日本を代表するモダニズム建築ですね。ル・コルビュジエは、来日した時にこの建築をじっと観察し、国立西洋美術館を設計する時の参考にしたと言われています。

 そのほか、前川事務所から出た丹下健三(代表作:広島平和記念資料館、国立代々木競技場、東京都新庁舎ほか)がル・コルビュジエに傾倒していたことは有名ですし、現在、東京オペラシティアートギャラリーで展覧会が開催されている藤森照信さん(代表作:タンポポハウス、高過庵ほか)や安藤忠雄さん(代表作:光の教会、表参道ヒルズほか)といった建築家も、ル・コルビュジエに様々なインスピレーションを得たということを、語っています。

 今回の展示でも、ル・コルビュジエの生誕100年の時に、黒川紀章さんが日本の大学の建築学部に呼びかけて作ったル・コルビュジエの建築模型が20点展示されているのですが、これを見ただけでも、いかに日本の建築界がル・コルビュジエに注目し続けてきたか、ということが分かると思います。

カップ・マルタンの《休暇小屋》と日本人の美学

 ル・コルビュジエから受けた影響は、建築家それぞれだと思うんですが、確かに、彼の建築は、「コンクリート打ちっぱなし」など、日本人が好きになりそうな要素をたくさん持っているんですよね。

 例えば、彼の終(つい)の棲家(すみか)となったカップ・マルタンの《小さな休暇小屋》なども、その1つと言えるかもしれません。

 まず、ここに行き着くまでの彼の建築についてお話しますと、ル・コルビュジエはとても矛盾に満ちた人なんですね。最初は、単純明快なモダニストで、黄金比なんかを理論的に使って白い箱のような典型的なモダニズム建築を造っている。ところが、後の方になると、どんどん人間臭い建物を造り始めるんです。《ロンシャンの礼拝堂》とかがそうなんですが、まるでフリーハンドで描いたような大きな曲線が出てきて、それで巨大な屋根を作っちゃう。そればかりか、他人の住居の壁に勝手に絵を描いて、持ち主とけんかしたりもしているんですよ(笑)。

 でも、私は、この辺からル・コルビュジエの本音が出てきたんじゃないか、と思っているんです。つまり、シャープで、ピュアなものばかり造っていても、現実的な問題はなかなか解決できない。余計なものを切り捨てて「機能主義だ、合理主義だ」と言って進めると、近代化の恩恵を受けるよりも、非人間的な環境を強制することになってしまう。そうした中で「人間はいかに生きるべきか?」と回答を探しているうちに、彼は本来の自分に回帰していったのではないか、と思います。

 ル・コルビュジエは1951年、南仏カップ・マルタンに「休暇小屋(キャバノン)」というわずか8畳の広さの建物を造りました。もともと奥さんと夏に休暇を取るための小屋だったので、最小限の設備しかないのです。ほとんどワンルームマンションというか、茶室のような狭さで、何から何まで小さいんですけれども、日本人には、けっこうグッとくるんですよ(笑)。彼は、この小屋から、地中海に泳ぎ出て、なくなりました。ですから、「あのル・コルビュジエが、人生の最後に、こんな小さい場所に住んでいたのか!」と……。

 もともとル・コルビュジエは、最初の頃から、最小限住宅というのをものすごく研究した人でした。本当に切り詰めた狭い部屋でいかに快適に過ごせるか。これは、安価な住宅をできるだけたくさんの人に供給したい、という、当時の知識人なら誰でも問題にしていた、一種の社会主義思想にも合致すると思うんですね。ただ、その頃のヨーロッパには、こんな小さい空間でもいい、という考え方はあまりなかったと思います。

 でも日本では、豊臣秀吉が黄金の茶室を造っている時に、千利休がワビとかサビとか言って4畳半に土壁の茶室を造っていたわけでしょう。つまり、豪華で大きいものでなくても美しい生き方がある、という考え方を日本人は伝統的に知っていますから、こういうところも、ル・コルビュジエが日本人に受け入れられる1つの理由なのかもしれません。

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