「「生涯現役」という生き方」

覚悟を決め、もう一度冒険してみる

曽野綾子(その あやこ)―― 作家 〜前編〜

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2007年6月7日(木)

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損得勘定を捨て、気高い生き方を考える

NBオンライン: これまで組織の傘下にいて、ある意味で守られていた団塊の世代が、組織から旅立っていきます。この機会にチャレンジするとしたら、何をすればよいかアドバイスを頂戴できますか。

曽野: 時間もあるんだし、もう一度冒険し直したらいいんですよ。冒険には、動物のような本能が要るんです。仕事をしていると知識と知性が勝って動物的本能が失せていきますから、知識と知性に振れた分、動物的本能を補って、実際に怖ろしくて、汚いところに出ていく。知らない世界に出ていって、自分を育て直すための“勉強をさせていただく”ことをしてみる。

作家、曽野 綾子氏

作家、曽野 綾子氏

 団塊の世代の方もそうですし、それより上の方も、石油ショックなどを乗り越えて今の私たちの生活を作ってくださった。偉いと思いますし、感謝もしております。でも人間は、損得勘定やお金以外の生き方をしないといけない。

 人間として何が尊いのかを考えて、自分の身を削るような気品のある生き方をしないと。そうじゃないと、日本の男性はあまりにも弱々しくなっちゃって、情けないですよ。

 誤解のないように申し上げておきますが、「冒険をしなくてはならない」と言っているんじゃないんですよ。これまで一生懸命日本経済を支えていらっしゃったんだから、無理せずにゆっくりとお休みなさっても。ただその時に、心にもない“かっこいい”ことは言わないことですね。

 「自分は卑怯な人間です」「命を失うのはまっぴらなんで、危ないことはしたくありません」「損になることは一切しません」ってはっきり認めればいいのに、そう言わないから、私には嘘っぽく見えちゃう。

 まだDNA鑑定が一般化してない時代に、知人の医師は飛行機の墜落現場に行って、砕け飛んだ死人の骨を持ち帰り、だれの遺骸かを推定する仕事に従事しました。この時に、「これで自分は肝炎になって、それから肝ガンで死ぬだろう」って、予測してその通りになりましたよ。でもね、本人が自分の使命だと思っていたことを成し遂げたんです。

 お子さんが大きくなるまでは、いろいろ責任もおありでしょうが、そういうことからも放たれているんですから、「もう死んでもいい」そんな覚悟と思い切りを持って、生き方を模索してもいいんじゃないんでしょうか。

人間は絶対的に無力である

―― どうすれば、自分の身を削るような気品を獲得して、曽野さんのような芯のある、ブレない生き方ができるのでしょうか。

曽野: テレビを流しっぱなしにして、“してもらう”ことばかりをあてにする“受け身”の生活をしていませんからね。私がやっているのは、自分が実際に現場に足を踏み入れて、人任せにせず自分でリスクを背負いながら、自己責任を肝に銘じて行動することです。自己責任以外、世界中どこを探しても生き延びていく術はないんですから。

 自己責任と言っていても、非常に大きな部分は人間の力では解決ができないことにも気づいております。努力を重ねても、ある部分では人間は絶対的に無力なのです。そこで神や絶対者なるものへの畏敬の念が出てくる。だから、アラブの人たちの「インシャラ(すべてのものは神のご意思)」は理解できる。その理を還暦になったら、もう学んでもいいんですよね。

 それから、死について常日頃から考えることも必要でしょうね。

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このコラムについて

「生涯現役」という生き方

団塊の世代が一斉に退職を迎えている。この先の人生をどのような指針で生きて いくのかが問われる。このシリーズでは団塊よりもさらに上の世代で、年齢を重 ねてもなおバリバリの現役人生を貫いている著名人に、「60歳からの充実した人 生の送り方」を聞いていく。仕事に賭ける衰えぬ情熱の源泉はどこに? 健康を 保つ秘訣はどこにあるのか?

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