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ヒトラーの陰で---もうひとつのアンネの日記

『ヒトラーの女スパイ』マルタ・シャート著 菅谷亜紀訳 上田浩二監修 小学館刊 定価2100円(税抜き)

  • 松島 駿二郎

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2007年6月8日(金)

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『ヒトラーの女スパイ』マルタ・シャート著 菅谷亜紀訳 上田浩二監修

『ヒトラーの女スパイ』マルタ・シャート著 菅谷亜紀訳 上田浩二監修

 こういったたぐいの本は、日本で原題を勝手に変えてしまうことが日常的に行われている。しかし、本書は原題そのままのタイトルを採用している。原本のサブタイトルは 「シュテファニー・ホーエンローエの生涯」となっている。

 シュテファニーはウィーンの裕福な家庭に生まれた。幼児時代、乳母車で散歩していると、誰もがその可愛さに称賛を惜しまなかった。よちよち歩きをしても、いつも称賛を浴び続けた。

 一介の弁護士の娘シュテファニー・リヒターは、長じて結婚によってプリンセスの称号を手に入れた。その正式名称はプリンセス・シュテファニー・フォン・ホーエンローエ・ヴァルデンブルク・シリングスフュルストという長ったらしいもの。シュテファニーはプリンセスの呼称を最大限に発揮して、ウィーン、ドイツ、ハンガリーの社交界の花形になった。その中に後のヒトラーのナチス政権要人に納まる人物が数人いた。

 ある年、シュテファニーが、避暑先の南仏ニースでカジノを楽しんでいたとき、隣の席で1人の男が大損をしていた。シュテファニーは気前よく4万フランを貸し与え、男の窮地を救った。男はロザミア卿といい、イギリスの新聞王だった。

 ジャーナリズムの世界に関与し始め、シュテファニーの生活は大きく変わった。ロザミア卿の新聞のために、ハンガリーなどを巻き込んだ政治的陰謀に関わり、シュテファニーの社交界人脈を通じて、最新情報を送り始める。

 こうなると女スパイまで後一歩だ。折しも大陸ではヒトラーが権力を掌握し始めた。イギリスの新聞社は、ナチスドイツの高官だけでなく、ヒトラー本人の情報をほしがった。プリンセスの称号があれば、簡単なこと。ヒトラーはオーストリアでも最下層のドイツ語をしゃべるような男で、プリンセスに近づきたがった。ヒトラーの別荘にも招待され、気ままに出入りできた。

 イギリスにとってシュテファニーは、最高のスパイだった。イギリスの新聞は、ヒトラー政権の中枢に食い込んだ、シュテファニーの情報は喉から手が出るほどほしい。ドイツはドイツでシュテファニーの、イギリスのナマの情報がほしかった。こうしてプリンセス・シュテファニーはもっとも危険な2重スパイを、もっとも危険な政局の中で、演じきった。

 多分天性のスパイだったのだろう。終戦後、東西冷戦の最中には西ドイツの新聞王シュプリンガーに取り入り、プリンセスの身分を生かして、ジャーナリズムの道を歩き始めた。モナコのグレース・ケリー王妃の単独インタビューなどヒットをいくつも飛ばした。

 暗殺される前のケネディ大統領との会見のお膳立てもした(これは実らなかった)。  シュテファニーは1972年に、胃潰瘍の手術の遅れで亡くなった。誰もが81歳の老女の死と思ったが、実際には14年若く病院に登録していた。シュテファニーは実は95歳の老婆であった。

 虚の実像を死ぬまで押し通した女性だった。

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