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「死ぬまで懸命に誠実に生きること。それを心に誓って生きていきたいね」

新藤兼人(脚本家・映画監督)~後編

  • 大熊 文子

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2007年6月29日(金)

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一人の人間の目から社会をみる

NBオンライン:社会派監督として、95歳の今まで持ち続けている映画作りへの熱い思いの根底にあるものは何なのでしょうか。

脚本家・映画監督、新藤兼人氏(写真:陶山勉)

脚本家・映画監督、新藤兼人氏(写真:陶山勉)

新藤:確かに、社会派と呼ばれ『第五福竜丸』や連続射殺魔、永山則夫を扱った『裸の十九才』など事件をテーマにしたものを制作したが、僕自身は社会から人間をみるのではなく、社会という仕組みを通して映し出される個々の“人間”を表現してきたつもりだ。

 というのも、少年時代に家が破産して、家族が離散することになった。ひとつ屋根の下にいるから家族は結ばれているのであって、家が解体されると親子も兄弟姉妹も皆散り散りになっていく。破産後、僕とお父さんとお母さんは土蔵に住んだ。ずっと一緒にいたいと思っていたお母さんは心労が原因で、14歳の時に亡くなってしまった。家が解体され家族が離散するのを、僕は体で知ることになったのだ。

 それで「家とは何か」、「家族とは何か」が、テーマとなった。「親子の関係」、「夫婦の関係」、「兄弟の関係」とは何か、「どういう密度で」、「どうやって結びついているか」、「どんなに大切なものか」を追究してきた。

 原爆にまつわる映画も5本撮影したが、これだって単に平和を訴えることが目的で撮ったんじゃない。私の生まれ故郷である広島。その街を原爆が見る影もなくずたずたに破壊してしまったという思いから、人間の問題として、巨大な力をもった核を扱った。

――ご自身が原作・脚本を手掛けられた最新作『陸に上った軍艦』が8月に上映されますね。

新藤:1944年の春、僕は、召集され32歳で広島県の呉海兵団に二等水兵として入隊した。『陸に上った軍艦』は、そこで、どんなひどい目にあったかという実体験をもとに脚本に書いた。ドラマ仕立てにすると、フィクションだと思われかねないので、証言者として自ら出演してドキュメンタリータッチに仕上げている。

 入隊時に100人いた同じ部隊の兵士は、60人がマニラへ陸戦隊として送られることになった。しかし、任務を遂行する前に、太平洋上でアメリカの潜水艦にやれてしまう。残った40人のうち30人は潜水艦に乗ることになった。さらに残ったうちの4人は海防艦の機関銃手となって、敵弾の中に身をさらした。

 僕は、海に出ることなく残った6人の中にいて、敗戦を迎えた。私とともにいた6人以外はおそらく、生きて日本の地を踏むことはなかったのではないか。

 フィリピンに行くことになっていた兵隊の一人がある日、うれしそうに妻から来たハガキを見せてくれた。そこには、「今日はお祭りですが、あなたがいらっしゃらないでは、何の風情もありません」と書いてあった。その細君にとっては、どんな権力者よりも、偉い人よりも自分の亭主が大事で、「かけがえのない人」だったのだ。

 当時の若者は、日本国家が命令するから大日本帝国の兵隊として出兵したのだ。中央で指令する人々は、危険のないところにいて命の危険を感じることない。その一方で、命がけで最前線に立っている大勢の兵隊の命が次々に奪われてく。兵士一人ひとりには、親があり兄弟姉妹があり、妻や子があった。そんな個人の生活をもつ兵隊たちが、どんな思いをして死んでいったかを描きたかった。

 人は、「戦争のない平和な世の中を」と叫ぶが、人間の本能として他者を制覇したい、権力を行使したという気持ちがあり、国家がそういったことに手を染めると、最終的には兵士一人ひとりの家庭を壊すことになる。

 一人ひとりが、だれよりも重い命を抱えているそのことをスクリーンの上で問うてみたかった。

――秋には、ご自身でメガホンをとられるんですね。

新藤:秋から撮影に入る僕の48本目の映画は、小学校を舞台にしたものだ。

 最近はお母さんを殺したり、「俺は父親だから、家族を殺してもいんだ」という乱暴な考えをもった人がいて、悲惨な事件が起きている。
 これは、人間と人間とのつきあいが希薄になってきたことが原因ではないか。今の社会の状況をみていると、小学生からものの見方を考え直さないといけないと感じる。

 この映画は、私の小学生時代の恩師がモデルになっている。その先生は特別なことを教えたわけではない。しかし、その先生の在り方自体からいろいろなことを学んでいた、と今にして思う。

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