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「パルマ―イタリア美術、もう一つの都」展

  • 杉江 隆

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2007年7月3日(火)

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 上野公園の一角にある東京国立西洋美術館では、「パルマ―イタリア美術、もう一つの都」が8月26日まで開催されています。

数奇な運命を持つ、松方コレクションが国立西洋美術館収蔵品の核

 国立西洋美術館は1959年、「松方コレクション」を核として、わが国では唯一の西洋美術専門の国立美術館として創設されました。

 「松方コレクション」とは、1920年代(大正9年~昭和2年)に、当時、川崎造船所の社長であった松方幸次郎が、パリを拠点に欧州で私財を投じて集めた西洋美術のコレクションのことを指しています。松方がその生涯をかけて収集したコレクションは、絵画2000点、浮世絵8000点におよぶと言われていますが、今日、その正確な数は把握されていません。

 その後、松方コレクションは数奇な運命を辿ります。まず1927年(昭和2年)の世界恐慌の影響を受け、川崎造船所の経営が破綻。そのコレクションは、担保となり取引銀行などに散逸してしまいます。

 一方、海外のコレクションは散逸を免れましたが、ロンドンに保管されていた400点以上の作品は1939年(昭和14年)、火災で焼失。パリに残されていたコレクション(ほぼロンドンと同数)は、第二次世界大戦の影響で、仏政府により、敵国財産として差し押さえられてしまいました。

 しかし終戦後、長年の日仏両政府による交渉の末、絵画196点など総数370点の松方コレクションが日本に無償で返還され、1959年(昭和34年)、国立西洋美術館で公開されるに至ったのです。

もう1つのイタリア芸術の聖地・パロマ

 さて国立西洋美術館・本館の基本設計は、フランスの偉大な建築家・モダニズム建築の旗手であるル・コルビジェの手によるものです。また1979年(昭和54年)に完成した新館は、コルビジェの弟子である前川國男氏がその設計に当たりました。読者の皆さんには展覧会だけでなく、その近代建築の素晴らしさも一緒にお楽しみいただければと思います。

 現在開催されている「パルマ―イタリア美術、もう一つの都」では、16世紀から17世紀にかけてイタリア北中部の都市パルマ(ミラノとボローニャの中間地点)に花開いた芸術文化、そして「パルマ派」と呼ばれる画家たちに焦点を当てています。



スケドーニ 「キリストの墓の前のマリアたち」 パルマ国立美術館収蔵
スケドーニ 「キリストの墓の前のマリアたち」 パルマ国立美術館収蔵

 パルマといえばサッカーの中田英寿選手が在籍していた地であることはよくご存知だと思います。また生ハムやパルメザンチーズ、そしてワインの名産地としても、私たち日本人にはとても親しみのある都市ではないでしょうか。

 その「パルマ派」の画家たちは、かつては「ヴェネツィア派」「フィレンツェ派」「ローマ派」と並び称されるほどの評価を得ていましたが、他派の多くの巨匠、ティツィアーノ、ミケランジェロなどの影に、埋没していきました。

 しかし近年の研究によって、「パルマ派」の創始者であるコレッジョ、その弟子のパルミジャニーノ、スケドーニ等の足跡が、イタリア絵画史上において極めて重要な役割を果たしてきたことが分かってきました。

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