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「いちばん辛いのは、貴方よね」

  • 小橋 昭彦

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2007年7月10日(火)

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 先にお送りした手紙で、獣害対策の柵作りを通して、現代の日本から寛容性が無くなりつつある気がすると認(したた)めました。あなたからの返事は、自分も最近、寛容性の喪失について考えるというものでしたね。電車の中で席を譲る行為を見なくなったこと、公園で遊んでいて近所の人から文句を言われたこと、病気で記念イベントに参加できなかった友人に「自己責任だから」のひと言ですましたサークル仲間の態度などを、例に出してくれていました。

 ひとつお断りしておきましょう。不寛容が現代社会に特有か、実は少々迷いつつの手紙でした。映画の父と言われるグリフィスによる、その名も「イントレランス(不寛容)」という映画があります(ぼく自身はその映画を、イタリアのタヴィアーニ兄弟が監督した「グッドモーニング・バビロン!」で知ったのですが)。キリストの受難をはじめ、過去の人間の「不寛容」による悲劇を描いた作品です。

 1916年にアメリカで公開されたそうですから、当時のアメリカでも「不寛容」がひとつの現象として注目されていたとは言えるのでしょう。それだけに、あなたも現代の日本の問題と認識されていると知って、ほっとしました。

 あなたがあげた例に触発されて、ぼくも、まだ幼い長男と都市部の団地に暮らしていた頃のことを思い出しました。家の中に居ても、電車に乗っても、街路を歩いていても、子どもが泣きだすと冷や冷やしたものです。親が責任を持つことであるとしても、泣くことは言葉を持たない赤ちゃんにとって重要なコミュニケーション手段ですからね、もう少し、赤ちゃんにとって寛容な環境を作れないかと考えたりもしました。(親の身勝手でしょうか?)

赤ちゃんに寛容な環境

 ぼくがまだあなたくらいの年齢だったころのことです。

 確か新聞の投書欄だったと思います、こんな話を読んで感動しました。赤ちゃんを連れた母親の話です。混雑した電車の中で、赤ちゃんがむずかって泣いているんですね。他のお客さんに迷惑をかけてはいけないと、お母さんは必死です。なんとかあやそうとするのだけれど、赤ちゃんはそう簡単に泣きやまない。「すみません、すみません」とお母さんは謝っています。他のお客さんは、仕方ないと我慢している様子。そのとき、ひとりのおばさんがお母さんにこう声をかけたそうです。

「いいのよ、気にしなくて。いちばん辛いのはあなたよね」

 投書にその後の光景が描かれていたかどうか、覚えていません。たまたま同じ車両に乗り合わせた第三者による投稿だったことを重ねて考えると、きっとあたたかいものであっただろうと推測します。

 まいったなあ、というのがその話を読んだぼくの最初の感想でした。だって、「いちばん辛いのはあなたよね」、これはぼくには言えません。思いつきもしないかもしれません。「いいんですよ、赤ちゃんは泣くものです」くらいは言えるかもしれない。でも、いちばん辛いのがお母さんだと気づく、そこまでの度量はぼくにはありませんでした。この言葉こそ、寛容性そのものではないでしょうか。

 いちばん辛いのはあなたよね。この言葉を聞いて救われたのは、お母さんだけだったでしょうか。きっと、乗り合わせていたみんなが、ふっと心を柔らかくできたのではないかと思うのです。この言葉には、それまである意味で「被害者」だった他のお客さんと、「加害者」だった母子の立場を打ち破る力があります。

 「いいんですよ」くらいでは、「迷惑をかける側―我慢する側」という構図は保たれたままなんですね。その壁を壊し、なんというのでしょう、周囲のものに傍観者ではなく母親の立場として(「自分たちの子」として!)赤ちゃんの泣き声を受容させる、そういう効果をもたらしたのではないでしょうか。それは、お客さんにとっても、泣き声を我慢する以上に、救われる出来事ではなかったでしょうか。

寛容性が失われるとき

 寛容性に関して思い出す、もうひとつの経験をお話しましょう。

 友人の車に同乗したときのことです。側道から入って来る車があっても車間をあけないのですね。逆に車間を縮めて「入れてやるもんか」なんて言っている。ふだんは厳しい態度など見せない友人です。

コメント21件コメント/レビュー

大枠については共感できる点もありますが,電車内で子どもが泣いてという話と車の割り込みがという話は適切な譬とは思えませんでした.車の割り込みだけでなく,電車やバス内での携帯電話とか,路上喫煙というのはそもそも暗に害意があるマナー違反としてむしろ戒めるべきであり,峻別すべき問題です.(2007/07/12)

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

大枠については共感できる点もありますが,電車内で子どもが泣いてという話と車の割り込みがという話は適切な譬とは思えませんでした.車の割り込みだけでなく,電車やバス内での携帯電話とか,路上喫煙というのはそもそも暗に害意があるマナー違反としてむしろ戒めるべきであり,峻別すべき問題です.(2007/07/12)

>「寛容さ」を語る上での前提として「相手が自分に害を与えようと意図している訳ではない」という性善説的な安心感みたいなものの記述があると――という記述に同意します。ベッドタウンでの経験をコメントした者ですが、「寛容さ」が成り立ちうるには、そうした「安心感」なり「信頼」があってこそなのですよね。例えば、ベッドタウンなり田舎に行くと、禁煙のエリアであり近くに親子連れがいるのに喫煙している人がいて注意すると「寛容ではない」と言われるなど、「寛容=法律違反や犯罪を見逃すこと」という解釈をされます。この文章に書かれているような意味の「寛容」が成り立つのは、残念ながら今の日本では、ある程度民度の高い場所だけだと思います。(2007/07/11)

この記事は深い内容を含んでいますね。ただ、残念ながらこれまでの自分の経験からすると記事の本質を理解できない人がいるかもしれません。「寛容さ」を語る上での前提として「相手が自分に害を与えようと意図している訳ではない」という性善説的な安心感みたいなものの記述があると理解が深まったかもしれません。(文字数の都合で書けなかったのかもしれませんが、、、)(2007/07/11)

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