• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

「戦争責任」に関する記憶喪失現象

  • ブルース・ホルコム

バックナンバー

2007年7月13日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 また大騒ぎになってしまいましたね。今回は防衛大臣だった久間章生さんでした。聖域である日本人の「(太平洋戦争)戦争観」に対して、個人論を披露してしまったのです。彼は立場上、いわゆる政治的自殺をしました。

 自民党は今、年金記録の紛失などの問題を抱え、大混乱に見えます。しかも参院選挙をすぐそこに控えて、ぴりぴりしている時期です。だからこそ、被爆地である長崎出身の大臣として、タブーとなっている話題に触れることは政治的に許されるはずはなかったのです。

 日本人の定着した戦争観の観点から、久間さんは1つではなく2つのルール違反の発言をしたのではないかと思います。1つは、マスコミが厳しく叩いた「(原爆投下は)しょうがない」という発言です。もう2つは、マスコミがあまり騒がなかった「あれ(原爆)で戦争が終わったんだ」と言ったことです。

 後者の発言「あれ(原爆)で戦争が終わったんだ」は、戦勝国の観点を普通に表します。一部の日本人も似ている意見を述べています。その一人は、昭和史研究の大家である保阪正康氏です。『あの戦争は何だったのか』という本の中に次のように書かれています。『こういう言葉も誤解を招くかもしれないがあえて使わせてもらうと「原爆のおかげで終戦は早まった」のだ。』(同書222ページ参照)。

 誤解を避けるために述べておきます。私はこれまでに少なくとも3回以上、広島平和記念資料館を訪ねたことがあります。訪れるたびに、改めて原爆の恐ろしさを思い知らせられ、悲しく苦しい気持ちでいっぱいになります。日本人と同様に、戦争の結末として、あまりにも残酷だったと思っています。原爆投下は、二度とあってはいけないことだと確信しています。

 にもかかわらず、日本人の定着した戦争観に対して、いつも2つのことを疑問に感じます。一つは被害者意識です。逆に言うと加害者認識の欠如です。もう1つは、日本の戦争責任配分に関する、一種の集団記憶喪失現象です。要するに、あの戦争は誰の責任だったのかという責任配分プロセスが、ほとんど進められてきていないようです。

 まず被害者意識です。日本で被爆の議論が起こるたびに、それが理屈の空白の中で行われているような気がします。ほとんどの議論は結果論に絞られ、因果関係の「因」が抜けています。「日本は被害者で世界唯一の被爆国だ」というのがあの戦争の議論の大前提で、出発点となっています。これはあべこべのロジックだと思います。実態をうやむやにさせる考え方です。日本にとってあの戦争を振り返って教訓にしようとするときに、日本が加害者だったことが出発点ではないでしょうか。

「生きる~ニッポンの風に吹かれて」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

「タイム・トゥ・マーケット」で売らないともうからない。

栗山 年弘 アルプス電気社長