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虫の世界は、音に満ちている その1

2007年8月8日(水)

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 六月末から七月はじめまで、箱根で休憩。頼まれるままに働くと、休みがなくなってしまう。だからときどき強制的な休暇を作る。予定表にあらかじめそれを組み込んでおく。それでも休暇が潰れてしまうことが多い。まあそれは仕方がない。なにごとも世間様とのお付き合いが先である。

 じつは今年は虫を採りすぎて、整理に時間を食った。虫は採った日数と、標本を作るのに必要な日数がほぼ同じである。三日虫を採ったら、最低三日は整理に必要である。しかも標本にしたら、そのまま箱に収めて済むかというなら、そうはいかない。まず乾燥させないと、あとでカビが生えてしまう。

 写真のレンズを収納しておくための箱があって、私はそれに新しい標本をしばらく入れておく。この箱には乾燥剤が入っていて、それがダメにならないように、電気ヒーターで暖めて、乾燥剤を再生するようにしてある。内部は湿度五十パーセントを越えないようになっている。箱の内部の湿度は、湿度計につねに示されている。このなかに一月以上入れておく。

 もっと極端に乾かしてもいいと思うが、私は極端が好きではない。いちばん極端には、デシケータに入れて、真空で引いてしまえばいい。デシケータの底には、乾燥剤を入れておく。そこまで乾燥すれば、問題はないはずだが、なんだかやる気がしない。べつに乾かすこと自体が目的ではない。適当に乾燥すればいいのである。

 それで終わりかというなら、冗談じゃない。それから標本の観察が始まる。これにはどれだけ時間があっても足りない。あっちの土地の虫と、こっちの土地の虫は、同じ種類でもどう違うか。そんなことを調べ始めたら、いくら時間があっても、時間が足りない。人の一生はそういう仕事には短すぎる。でも文句をいっても始まらないから、できることをやるしかない。

ミヤマヒゲボソゾウムシです。その頭部を電子顕微鏡で拡大してみると……

ミヤマヒゲボソゾウムシです。その頭部を電子顕微鏡で拡大してみると……

A:こうなります。複眼がはっきりわかりますね。顔に散らばるうろこ状の鱗粉、これがヒゲボソゾウムシの綺麗な青緑色の体色のもとです。複眼の先のぽっかり空いたふたつの穴は、触角の根元が収まっていたところです。

A:こうなります。複眼がはっきりわかりますね。顔に散らばるうろこ状の鱗粉、これがヒゲボソゾウムシの綺麗な青緑色の体色のもとです。複眼の先のぽっかり空いたふたつの穴は、触角の根元が収まっていたところです。

B:この穴を拡大して覗くと、穴の壁面にデコボコが秩序正しく並んでいるのがわかります。触覚の根元にも同じようなデコボコがあり、お互いのデコボコがかみ合い、カチカチカチと触角が動くわけです。そのときおそらく音がするのでしょう。

B:この穴を拡大して覗くと、穴の壁面にデコボコが秩序正しく並んでいるのがわかります。触覚の根元にも同じようなデコボコがあり、お互いのデコボコがかみ合い、カチカチカチと触角が動くわけです。そのときおそらく音がするのでしょう。

 悪いことに、標本を見ていると、あれこれ、わかることがある。これには際限がない。ゾウムシの頭を走査電子顕微鏡*編集部注で見ていたら、大顎の関節が見えてしまった。なんと、関節がデコボコしている。関節面に細かい突起がたくさん並んでいる。

(編集部注:日立製、養老先生の箱根の研究所にはなんと電子顕微鏡があるのです! 個人で持っている人はあまりいない、と思います。そして今回のお話は、この電子顕微鏡で昆虫の構造を観察したからわかったことなのです)

 私は脊椎動物の解剖をやっていた。だから関節面は平滑だと思い込んでいた。とんでもない。昆虫の関節は、見慣れた脊椎動物のものとは、まったく違う。たとえば頭と胸の間の関節を見てみると、表面が網の目状になっている。

 昨年の秋に、たまたま島根の福井修二さんが来て、アリヅカムシ*編集部注の標本を持ってきた。アリヅカムシの腹に突起があって、後胸腹板にはまるようになっている。その突起の表面は関節面のはずだが、なんとヤスリ状である。こりゃ発音器だよ。思わずそう叫んでしまった。

(編集部注:体長1ミリ少々のとても小さな甲虫の仲間。アリやシロアリの巣などに住んでいる種がいるため、この名前がついた。なにせ小さいので観察には走査電子顕微鏡が必須)

 でもアリヅカムシが特別に発音器を持っているわけではなかろう。どこを見たって、いうなれば発音器だらけなのである。セミやコオロギのように、鳴く虫というのがあると思っていたが、それは短見でしかなかった。人間の可聴域の音を出す虫が鳴く虫と呼ばれるだけであって、すべての虫は鳴くのである。鳴くに違いない。

 カミキリを捕まえると、キイキイいう。それは一部のカミキリだと思っていたが、超音波でキイキイいっているカミキリがないとはいえない。ないとはいえないどころか、あるに決まっている。私に聞こえないだけである。イヌやコウモリには、超音波が聞こえるからである。犬笛の音はヒトには聞こえない。

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「虫の世界は、音に満ちている その1」の著者

養老 孟司

養老 孟司(ようろう・たけし)

東京大学名誉教授

解剖学者/作家/昆虫研究家。1937年生まれ。62年東京大学医学部卒業後、解剖学教室へ。95年東京大学医学部教授を退官し、その後北里大学教授に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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