すべての虫は動けば音を立てる。関節構造を見れば、そう考えるのが順当ではないか。前回はそう書いた。それでさまざまな長年の疑問が解決する。そこが私にはとても面白かったのである。
昆虫のコミュニケーションに音が使われているのは明らかである。セミもコオロギも、うるさくて仕方がない。ほかの虫は黙っているから、静かでいい。そう思うのが、典型的な偏見であろう。自分の耳が悪いだけなのである。自分に聞こえる音しか存在しない。そう思うのが、人間の意識中心主義である。
それはいいとしよう。私がまず思ったのは、アリの巣はさぞかしウルサイだろうということである。小さな穴のなかに、おびただしい数のアリがいる。それが動き回る。関節が動くたびに音がすると仮定すると、キリキリ、カリカリ、コリコリ、やたらに音がしているに違いない。アリはそれをコミュニケーションに利用しているのではないか。社会性昆虫にとって、コミュニケーションはきわめて重要である。カール・フォン・フリッシュのミツバチについての業績を挙げるまでもない。
もし音を利用しているとすると、はじめてアリに共生する昆虫の存在が理解できる。私は長年擬態に興味を持ってきた。アリの巣に棲んでいる虫は、しばしばアリにそっくりの形になる。しかし逆に、形がアリにまったく似ていない共生者も多い。
たとえばオーストラリア大陸には、アリが多い。林のなかの石をひっくり返して歩いたら、すべてアリの巣があったという覚えすらある。そのアリに共生している虫も多い。クイーンズランドの博物館でフィジー島でアリの専門家が採ってきたという、カミキリムシの標本を見せてもらったことがある。アリを採集してきて、博物館で標本にしていたら、アリのなかから、カミキリムシが見つかった。専門家ですら、アリと間違えて、カミキリムシを採ってきてしまったのである。
オーストラリアに棲むアリには、ブル・アントという原始的なグループがある。多摩動物園の昆虫館で飼っていたから、いまでもあそこにいるかもしれない。このアリに擬態するカミキリムシは、何種かいる。アリとそっくりなやつもいれば、よくよく見ていると、なんだかブル・アントに似てるじゃないか、というのまである。つまり姿や形が似ていてもいいし、似ていなくてもいい。そこが不思議だった。
似ているものでも、最初にアリの巣にどうして住み着くことになったのか。その理由がわからなかった。あるとき『月刊むし』を見ていたら、クロシジミの幼虫の話が出ていた(と思う)。なにしろ蝶にあまり関心がないし、読んでもじきに忘れてしまう。ウロ覚えで書くと、アリがクロシジミの幼虫を巣に連れて行ってしまう。そういう事例があるというのである。クロシジミはべつにアリに構ってもらう必要はない。アリがいなくたって、ちゃんと幼虫は親になることができる。でもなぜかわからないが、ときどきクロシジミの幼虫はアリに拉致されるのである。
そのきっかけは音じゃないか。そう私は思ったのである。アリがコミュニケーションに使う周波数の音を、たまたま自分の種内のコミュニケーションに使っている虫がいるとする。そういう虫がアリの巣に住み込んでしまうのは、不思議なことではないであろう。おたがいの誤解の上に、共生関係が始まる。それは人間だって同じかもしれない。美空ひばりは私と同い年だが、離婚するときに、「誤解して結婚して、理解して別れる」という名言を吐いた。虫は誤解してアリの巣に住み着き、理解してそのまま居座っているのではないだろうか。
アリに対する擬態を、化学的なコミュニケーションだとしても、姿形が似ていない虫がアリの巣に住み着いてもいいことになる。たまたま同じ匂いを出すということである。でもアリの巣で、臭いのコミュニケーションというのは、能率が悪いんじゃないだろうか。あんな穴のなかで、うっかり臭いなんか出したら、臭いがなかにこもってしまうではないか。それを避けるには、空気中でただちに分解されるような、活性の高い物質を分泌するしかない。そういう物質を作るのは、音をつくり出すことに比較したら、コスト高に違いない。そういうフェロモンが論理的にはあってもいいが、それなら音のほうがもっと可能性が高いはずである。
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