「養老孟司先生のタケシくん虫日記」

虫の世界は、音に満ちている その2

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2007年8月22日(水)

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 すべての虫は動けば音を立てる。関節構造を見れば、そう考えるのが順当ではないか。前回はそう書いた。それでさまざまな長年の疑問が解決する。そこが私にはとても面白かったのである。

 昆虫のコミュニケーションに音が使われているのは明らかである。セミもコオロギも、うるさくて仕方がない。ほかの虫は黙っているから、静かでいい。そう思うのが、典型的な偏見であろう。自分の耳が悪いだけなのである。自分に聞こえる音しか存在しない。そう思うのが、人間の意識中心主義である。

 それはいいとしよう。私がまず思ったのは、アリの巣はさぞかしウルサイだろうということである。小さな穴のなかに、おびただしい数のアリがいる。それが動き回る。関節が動くたびに音がすると仮定すると、キリキリ、カリカリ、コリコリ、やたらに音がしているに違いない。アリはそれをコミュニケーションに利用しているのではないか。社会性昆虫にとって、コミュニケーションはきわめて重要である。カール・フォン・フリッシュのミツバチについての業績を挙げるまでもない。

 もし音を利用しているとすると、はじめてアリに共生する昆虫の存在が理解できる。私は長年擬態に興味を持ってきた。アリの巣に棲んでいる虫は、しばしばアリにそっくりの形になる。しかし逆に、形がアリにまったく似ていない共生者も多い。

 たとえばオーストラリア大陸には、アリが多い。林のなかの石をひっくり返して歩いたら、すべてアリの巣があったという覚えすらある。そのアリに共生している虫も多い。クイーンズランドの博物館でフィジー島でアリの専門家が採ってきたという、カミキリムシの標本を見せてもらったことがある。アリを採集してきて、博物館で標本にしていたら、アリのなかから、カミキリムシが見つかった。専門家ですら、アリと間違えて、カミキリムシを採ってきてしまったのである。

 オーストラリアに棲むアリには、ブル・アントという原始的なグループがある。多摩動物園の昆虫館で飼っていたから、いまでもあそこにいるかもしれない。このアリに擬態するカミキリムシは、何種かいる。アリとそっくりなやつもいれば、よくよく見ていると、なんだかブル・アントに似てるじゃないか、というのまである。つまり姿や形が似ていてもいいし、似ていなくてもいい。そこが不思議だった。

 似ているものでも、最初にアリの巣にどうして住み着くことになったのか。その理由がわからなかった。あるとき『月刊むし』を見ていたら、クロシジミの幼虫の話が出ていた(と思う)。なにしろ蝶にあまり関心がないし、読んでもじきに忘れてしまう。ウロ覚えで書くと、アリがクロシジミの幼虫を巣に連れて行ってしまう。そういう事例があるというのである。クロシジミはべつにアリに構ってもらう必要はない。アリがいなくたって、ちゃんと幼虫は親になることができる。でもなぜかわからないが、ときどきクロシジミの幼虫はアリに拉致されるのである。

 そのきっかけは音じゃないか。そう私は思ったのである。アリがコミュニケーションに使う周波数の音を、たまたま自分の種内のコミュニケーションに使っている虫がいるとする。そういう虫がアリの巣に住み込んでしまうのは、不思議なことではないであろう。おたがいの誤解の上に、共生関係が始まる。それは人間だって同じかもしれない。美空ひばりは私と同い年だが、離婚するときに、「誤解して結婚して、理解して別れる」という名言を吐いた。虫は誤解してアリの巣に住み着き、理解してそのまま居座っているのではないだろうか。

 アリに対する擬態を、化学的なコミュニケーションだとしても、姿形が似ていない虫がアリの巣に住み着いてもいいことになる。たまたま同じ匂いを出すということである。でもアリの巣で、臭いのコミュニケーションというのは、能率が悪いんじゃないだろうか。あんな穴のなかで、うっかり臭いなんか出したら、臭いがなかにこもってしまうではないか。それを避けるには、空気中でただちに分解されるような、活性の高い物質を分泌するしかない。そういう物質を作るのは、音をつくり出すことに比較したら、コスト高に違いない。そういうフェロモンが論理的にはあってもいいが、それなら音のほうがもっと可能性が高いはずである。

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著者プロフィール

養老孟司(ようろう・たけし)

養老 孟司

解剖学者/作家/昆虫研究家

1937年生まれ。62年東京大学医学部卒業後、解剖学教室へ。95年東京大学医学部教授を退官し、その後北里大学教授に。東京大学名誉教授。著書に『からだの見方』(筑摩書房、サントリー学芸賞)『唯脳論』(青土社)『人間科学』(筑摩書房)『バカの壁』(新潮社、毎日出版文化賞)『死の壁』(新潮社)など、専門の解剖学、科学哲学から社会時評、文芸時評までを手がける。先生が愛してやまない昆虫の本は当社より『私の脳はなぜ虫が好きか?』『養老孟司のデジタル昆虫図鑑』が刊行中。

『私の脳はなぜ虫が好きか?』


 『私の脳はなぜ虫が好きか?』(日経BP社)



『養老孟司のデジタル昆虫図鑑』


 『養老孟司のデジタル昆虫図鑑』(日経BP社)


 【日経BPネット掲載】
 養老孟司のデジタル昆虫記




このコラムについて

養老孟司先生のタケシくん虫日記

本コラムは、『バカの壁』などで知られる養老孟司先生のライフワークである、「虫」についてのあれこれを、つれづれなるままにつづった、いわば「虫ブログ」です。激務の合間を縫って、日本国内はもとより、世界中を旅しながら、いろいろな虫を捕まえ、箱根の別荘兼研究所で標本にし、写真を撮り、電子顕微鏡で眺め、そして考える。そんな養老先生に仕事の手を休めて、ちょっとお付き合いしてみませんか?

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