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「個人」なんて、実はそれほど固まったものじゃない

「NO BORDER」な考え方

  • 小橋 昭彦

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2007年8月21日(火)

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 「NO BORDER」ってフレーズ、ご存じですか。そう、カップラーメンの宣伝に出てくるフレーズですね。何年か前には宇宙ステーション内で宇宙飛行士がカップラーメンを食べるコマーシャルがありました。最後には青くて美しい地球に「NO BORDER」って言葉が重なる。若い頃、壁にはアイドルではなく土星の天文写真のポスターを貼っていたクチですから、あのシーンには深くうなずきました。そうだ、ぼくたちは今、境界がなくなる時代に生きているのだって。ぼくの世代にとっては、東西の壁(ベルリンの壁)が崩壊した記憶が今も新しく、近年では、なによりもインターネットが人と人との距離を縮めた実感があります。

 ただ、その一方で、いつかの手紙で「不寛容」という言葉で表したように、ミクロな場面では、むしろ境界を築き、相手との違いを強調する流れがあるようにも思えます。

 民族間の紛争や、宗教間の軋轢などもそうでしょうけれど、とりあえずはあなたが「不寛容」の例としてあげられていた、子どもと地域の関係や、若者の交友関係などを、互いを分け隔ててつきあっている身近な事例としてあげておきましょう。いったいぼくたちは、NO BORDERな世界に生きているのか、あるいは境界を強化する時代に生きているのか。それとも両者はものごとの裏表にすぎないのか、またはまだらに存在しているということなのか。

薄れる境界、強化される境界

 こんなことを考え始めたのは、あなたへの何通かの手紙を振り返り、このところぼくはずっと境界のことばかりを書いていると感じたからです。

 はじめにお伝えした田植え体験のエピソードも、ある種の境界についてだったといえそうです。ぼくたちはふだん長靴を履いて田んぼに入るような経験ばかりをしているのではないかと問いかけ、長靴を脱ぐこと、言い換えれば自分がまとっている境界を取り払うことをお勧めしたのでした。その次に紹介した獣害対策用の柵はまさに境界の話。里山の環境は自然と人間が融合するところで営まれており、自然と人工の明瞭な境界があるわけではないとお便りしました。

 泣いた子どもを抱える母親と周囲の人たちの間にある壁についても書きました。相手の立場にたってかけられた言葉が、その相手だけではなく、多くの人の心を解放する。自分と他人との境界を乗り越えることの価値をお伝えしました。そして前回は、世界と対峙するときにぼくたちが前提にしてしまう境界線を、「穴」をどう定義するかという話を通して考えましたね。

 こんなわけだから、今回はいっそ真正面から「境界」について考えてみようと思い立ち、NO BORDERというフレーズを思い出していたのでした。本来なら、境界の定義を明らかにすべきかもしれません。物理的な境界か、心理的な境界か、あるいは制度的な境界か、慣習的な境界か、など。でも、とりあえずはこれらをひっくるめて、話を進めましょう。境界の話をするときに、あえて先に境界を引かなくてもいいってことで。

世代による見方の違い

 ぼくが暮らす100世帯ほどからなる地区では、今年から老朽化した観音堂の再建計画が進んでいます。篤志もあるのですが、再建するとなると、地域の各戸が相応の負担をしなくてはなりません。

 そこでまずは文化財としての価値や歴史を学び理解を深めようと、お寺の老和尚からこの地区や観音堂の由来について聞く会が催されました。ぼくも長男を伴って参加。この地区にある山の頂には、かつて山城があり、明智光秀に滅ぼされたと伝わります。大河ドラマを見ている長男、話がそのあたりになると身を乗り出していました。老和尚は、当時伊藤家や小橋家も城を守るために戦ったと話し、瞬間、長男がこちらを振り返って、「えっ、ほんとう?」といった表情をしたのが妙におかしかったのでした。

 確かにわが家には400年あまり前からとされる歴史が伝わりますが、ふだんそんな話を長男にすることはありません。避けているわけではないのですが、そうした「家」が背負っているものって、今の人にはむしろ重荷ですからね。ぼくの伴侶も、田舎に引っ越すという話を会社の同僚にしたとき、そんなバカなことをして大丈夫、と本気で心配されたそうです。

 嫁姑関係の難しさといったことも含め、「家」に嫁ぐことへの忌避感のようなものがあるからでしょう。今では「家」ではなく「あなた」に嫁ぐというのが、一般的な価値観じゃないでしょうか(もっと言えば「嫁ぐ」という言葉が持つ主客関係も疑わなくてはいけないですが)。

 田舎の家というと大家族をイメージされるかもしれません。実際そういう家もありますが、最近ではみんな結構、割り切っています。

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中村 克己 元ルノー副社長、前カルソニックカンセイ会長