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【第9回】 武満徹のポップソング集を録音

武満さんの葬儀で黛敏郎さんが口ずさんだ曲とは……

2007年8月10日(金)

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 1990年代の川口義晴さんの大きな仕事が武満徹の作品集への取り組みであることは広く知られている。その中にはポップス歌手の石川セリを起用した武満徹のポップソング集『翼』があり、ひときわ精彩を放っている。それはテレビニュース番組のテーマ曲として用いられるなど社会的浸透度も高く、反響も大きかったが、リリースに至るまでの川口さんの苦労は並大抵のものではなかったし、武満さんが見せた情熱も凄(すご)かったという。


―― 石川セリさんの歌でソング集を1995年に制作されていますね。『翼』というタイトルでしたが、あれはどういう経過で生まれたんでしょうか。

『翼』の制作発表会。川口義晴さん(左)と石川セリさん

『翼』の制作発表会。川口義晴さん(左)と石川セリさん

川口: 昔、僕が音楽に目覚めた頃に音楽評論家の秋山邦晴さんがラジオ番組の中で映画のための音楽をいくつか紹介されたんですね。それに武満さんの音楽があって、たとえば勅使河原さんの映画『他人の顔』なんかの歌が紹介されていた。僕はそれをエアチェックしてしょっちゅう聴いていた。それに現代音楽の作曲家も映画音楽では12音とかクラスターとかいう現代音楽の技法だけではなく、普通に調性のある音楽も書くんですよね。ある保守的な作曲家が「普段は12音でかいてるくせに、映画じゃ調を使っているのは首尾一貫しなくて怪(け)しからん」なんてばかなことを言っている時代でした。武満さんの調で書いた映画音楽は、僕にはとても新鮮で、観る映画はいつの間にか作曲家で選ぶようになっていた。ほかには黛さんとか林光さんとかですよね。そのなかでいくつか書いた武満さんの「うた」は本当に魅力的だったんです。4度とか6度とかの音程が多くてあまり歌いやすいとは思わなかったけど。

 それである時、武満さんに歌のアルバムを作りたいんだけどって言いましたら、武満さんはすごく喜んで、それから始まったんです。最初に歌手は誰がいいかってことになりますが、使いたい歌手はほかのレコード会社の専属関係とかがあってクリアしなきゃならないことが山ほどあるし、日本コロムビア(現・コロムビアミュージックエンタテインメント)にはこれといった歌手はいないし、でね。で、武満さんが何人か候補を挙げて、その中に石川セリの名前があったんです。石川セリは僕も昔から好きで、『八月の濡れた砂』なんか70年代の初めの頃によく聴いていました。

―― セリさんは日本コロムビアでしたか?

 いや、テイチク(現・テイチクエンタテインメント)そしてフォノグラム(現・ユニバーサルミュージック)だったかな。僕はテイチク時代も好きで、確かドーナツ盤も買って持ってましたよ。今もあるかな。この企画を思い付いた時は専属関係がどこともなかった。で、それじゃセリさんでいこうとなってすぐに電話してスタートしたんです。

『翼』はニュース番組のテーマソングに決まっていたのだが……

―― 後はすんなりと……

 いや、大変でした。セリさんは譜面が読めない人ですからね。いやー、譜面の読めない人と仕事するってのはポップス畑のディレクターは慣れているんでしょうけど、僕は初めてだったし、大変でした。耳でしか覚えられないんですよ。だから耳は鋭いんですけどね。

―― 覚えたら後は速いし、強い?

 そう、オペラ歌手でも譜面を読めない人がいますけど、それと同じですね。でも滑り出したのはいいんだけど、元々はシンプルに作る予定だったのが、制作費がどんどんかさんできちゃって、予算の5倍ぐらいになったのかな。歌入れにスタジオを膨大に使ったというのが主な理由なんですけど。それで出来上がったら当時の頭の固い上司と大もめにもめたんですよ。採算取れないんだから発売を中止にするなんて言い出してね。バカ言えって感じですよ。もうその時はテレビ番組「ニュース23」のエンディングテーマ曲にこの『翼』が使われることが決まっていたんですからね。だから、しゃにむに通してリリースしたんです。

―― リリースが1995年11月になっていますが、その頃の武満さんは?

 体の調子が悪かったですよね。だから1曲録るごとにコピーして病院に届けました。そりゃもう武満さんは楽しみにしていて。ところが全曲を録り終り、発売日も決定した頃、連絡があって、最後のトラックダウン(ポップスの録音では、普通マルチチャンネル、たとえば42チャンネルの録音トラックにチャンネル分けして録音し、あとで通常の2チャンネルにミックスする。その作業をトラックダウンあるいはリミックスという)は是非とも立ち会いたいと言って来た。そうするとこちらは発売を1カ月は延ばさなければならない。まあ僕らにしてみればトラックダウンというのは武満さんがいようがいまいが関係ないというか、非常に技術的な作業だからね。それ以上に、1カ月遅らせるということで、その月に計上していた販売予算がなくなるわけだから、結構、会社の中では大変なんです。武満さんのご家族も「そんなに会社に迷惑かけちゃダメよ」みたいなことはおっしゃっていたみたいですが、だけど僕はとにかく武満さんの好きなようにやってもらおうと腹をくくっていました。技術の人間なんか、武満さんいてもなぁーんにもならないんだからって文句を言ってきましたが、スタジオから何から全部キャンセルして1カ月遅らせてやりました。「とにかく武満さんの好きなようにやるんだ、そういう体制でいくんだ」と皆を説得しましたね。まあ、社内は大混乱でしたけど。武満さんという人は、共同作業が好きな人で、オーケストラの録音の時も録音現場にいるだけじゃなく、あとで編集したテープを聴きに来てたくらいだから、必ずしも我がままだったわけじゃないんだけど。

―― で、武満さんは実際に来られて。

石川セリさんと武満徹さんのサイン入りの『翼』のジャケット

石川セリさんと武満徹さんのサイン入りの『翼』のジャケット

 ええ、見えましたが、そんなに長い時間立ち会えるわけではなかったし、すぐに病院へ帰られましたけどね。それから僕らがトラックダウンやったんですが、それは凄い経験になりましたね。僕らはもう武満さんの気持ちが分かっていましたから。でも、会社っていうのはそうはいかないからね。

―― トラックダウン以前の録音セッションには武満さんは見えたんですか。

 うーん、1~2回ぐらいかな。そんな程度ですよ。もちろん来たかったんだけれども医者から許可が出なくてね。でも最後に制作発表会をやった時には武満さん来られましたね。その時に会社の上司が記者たちの前で自分の手柄みたいにしゃべるから、もう頭にきましたよ。「発売やめろって言ったのお前だろ」って言いたくなりました(笑)。

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