「学芸員に聞く見どころ」

16世紀に起こった文明の衝突とグローバリズム

国立科学博物館 研究主幹 篠田謙一氏

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2007年8月10日(金)

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16世紀、スペイン人に征服されるまで、新大陸(南北アメリカ)では独自の文明が繁栄していた。その中でも代表的なのは、ユカタン半島の密林の中で数々の都市国家が興亡を繰り返したマヤ文明、現在のメキシコシティを中心に巨大な軍事国家を作り上げたアステカ文明、そして南米ペルーに栄え、天空の都市「マチュピチュ」などが知られるインカ文明だ。この中南米の3大文明を紹介する展覧会「失われた文明『インカ・マヤ・アステカ』展」(国立科学博物館、9月24日まで開催)は、NHKスペシャル「失われた文明 インカ・マヤ」が先行して放送されたこともあり、連日、大盛況となっている。この展覧会で、主にインカのミイラ文化を担当した、国立科学博物館の研究主幹で、分子人類学の第一人者である篠田謙一氏に、中南米のミイラや生贄文化、そして展覧会から見えてくるものをうかがった。


アンデスのミイラと生贄の意味

 現在、「インカ・マヤ・アステカ展」では、インカのセクションで、南米のアンデス地方に数多く残るミイラを何体か紹介しています。普通、ミイラといえばまずエジプトが思い浮かぶと思いますが、実は、世界最古のミイラはアンデスから出てくるんです。

 というのは、この地域は、場所によっては年間降水量がゼロというところもあるほど乾燥していて、人が亡くなってもそのまま砂漠に埋めておけば自然とミイラになってしまうんですね。日本のように、遺体が腐って、やがてなくなってしまう、ということがありませんし、アンデスでは、遺体に対して「怖い」とか「気持ち悪い」といった不浄なイメージはありません。彼らにとって、生と死の世界は、「死んだらあの世に行く」という二項対立的なものではなく、生と死はあくまでつながっていました。

 先日、展覧会と連動するNHKの番組でも放映されましたが、アンデス地域では現在も、生前同様にミイラとともに生きる文化が残っています。展覧会でも、親族と思われる大人と子供のミイラが展示されていますが、特に子供のミイラは、大人に比べると損傷の程度が激しいのです。これは、その子が、親より先に亡くなって、以後、何度も墓から取り出されて世話をしてもらっていたことを示していると考えられます。

《父と子のミイラ》 マルキ研究所蔵 (C)義井 豊

《父と子のミイラ》 マルキ研究所蔵 (C)義井 豊

 基本的に新大陸(南北アメリカ)の人々は生贄(いけにえ)の文化を持っているんですが、インカでも「カパクチャ」という子供を使った生贄が行われていました。彼らは農耕民ですから、天候が不安定だったり、地震のような天変地異があって作物が取れなくなると生きていけません。そこで、自然をコントロールするために、あえて自分たちが一番大切にしているものを神にささげた。当時、彼らを取り巻く環境は、7歳ぐらいまでで3割ぐらいの子供が死んでしまうという過酷なものでしたから、アンデスの人々にとって「子供」はとても大切なものでした。

 自分の大切なものを神にささげ、その見返りとして願いをかなえてもらう。そういう意味では、日本の「人柱」に感覚が似ていますね。日本では、江戸時代までは人柱の習慣があったと言われています。これも、命をささげることで、城や国の安泰を願って行われました。ただ、日本とアンデスと違うのは、アンデスでは、その子供たちは死んだ時と同じ姿でミイラになって残る。そのミイラを、人々はまた聖なる存在として崇拝するのです。「カパクチャ」は、ミイラ文化と生贄文化がくっついた例ですね。

 こうしたミイラの究極の利用法が、インカ王のミイラです。インカの王は、死ぬと、目に金箔が張られたり、油を塗られるなど加工が施され、宮廷内で生前と同じように家臣にかしずかれて生活をし、その勢力を保ち続けました。通常、権力者が亡くなった後は、様々な勢力が跡目争いを繰り広げるものですが、こうやって「王は死なない」ということにしておけば、跡目争いなんていう無駄な戦争で国力を消耗することはない。王のミイラは、こういう争いを起こさないために、とても都合がよかったんだと思います。

アステカの生贄文化

 アンデスの「カパクチャ」や日本の「人柱」は、いわば身内の命をささげる生贄ですが、もう一段複雑な話になってくるのが、国の外に生贄を捕りに行くアステカ文明です。

 アステカ文明では、生きたままの人間から心臓をえぐり出して神にささげる生贄の儀式が頻繁に行われていました。この文明では、宇宙の摂理を保ってくれる神様の食べ物が、新鮮な人間の心臓なんです。ですから、神へのエネルギー補給が絶えないよう、「花の戦争」と呼ばれる、生贄とする捕虜を獲得するためだけの戦争も正当化されていました。

 アステカの文献を読んでいて、私が一番感動したのは、アステカにはちゃんと学校があったことなんです。「学校」というとシステムそのものが旧大陸(アフリカ、ヨーロッパ、アジア)のもののように思いますが、それとは独立に発展したアステカでも、庶民の学校とエリートの学校を作っていたんですね。人間の持つ共通性を強く感じます

 彼らはそこで、ひたすら「国家のためになれ」と、社会と自然界を優先する全体主義を教えられる。死後の世界も、普通の人は「ミクトラン」という冥界に行くのだけれども、「花の戦争」など国のために戦って死んだ人々は、特別な場所に行けることになっていました。これは、戦争で死んだ人は特別だという、どこかの国とまるで同じ発想です。でも、こうやって、みんな神に奉仕すべきなんだ、というロジックを先に作っておけば、あっという間にアステカのような軍事大国が作れてしまう、ということなんですよね。

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著者プロフィール

木谷 節子(きたに・せつこ)

木谷 節子

アートライター。早稲田大学卒業後、編集プロダクション勤務を経て、再度、東京芸術大学に入学。芸大在学中より、アートライターとしての活動を開始する。現在は「ぴあ」「M’ens JOKER」「GOETHE」「marisol」などの一般誌でアート情報を執筆。「空海と高野山」(2003〜04年)、「ゴッホ展―孤高の画家の原風景」(2005年)、「プラド美術館展」(2006年)、「異邦人たちのパリ」(2007年)ほか展覧会音声ガイドなどの執筆も多数。2006年、美術のガイドブック『名画のたのしみ』(二見書房)を上梓した。

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