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文化は皆で“広く薄く”支えるべき

~宮内義彦さん・オリックス会長・グループCEO~

  • 伊東 雨音

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2007年8月30日(木)

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グリークラブで男声合唱に燃えた学生時代

―― 会長は学生時代に関西学院のグリークラブで歌っていらした。素晴らしいテノールだとお聞きしていますが。

宮内:いや、そんな素晴らしくはない(笑)。私は関西出身で、関西学院という学校は中学からあります。中学、高校、大学と同じ学校へ行ってしまったんですね。中学校へ入りましたら音楽の時間に「コーラスに入りなさい」と言われました。先生の言うことですから、「はい」ってなもんでね。入ったのが運のツキでして(笑)。知らなかったんですけれども、関学グリークラブというのは老舗の男声合唱団で、全国でも有数だったんです。

―― どんな学生生活でしたか。

グリークラブで活躍した時代を懐かしみながら楽しく音楽談義をするオリックスの宮内義彦会長・グループCEO

グリークラブで活躍した時代を懐かしみながら楽しく音楽談義をするオリックスの宮内義彦会長・グループCEO (撮影:清水健)

 戦前から「合唱コンクール」というのがありました。それに出て、日本一になっていた団体なんですよ。中学校に入ったら、お兄さんたちが高等部、大学にもいる。卒業生もグリークラブに入る。大学のグリークラブは全国一番のグリークラブですから、そこへ入りたくて。でも、いろいろな地方から人がやってきて物凄(すご)くうまいわけですよ。そんなわけで、中学生のくせに一所懸命に合唱をやりまして、面白かったですね。

―― 印象深い思い出がありますか?

 なにせ、合唱は練習をたくさんしなければならないでしょう? きちんとした音を出せるようになるには時間をかけなければならないんです。私はだいたい練習が好きでないんです(笑)。それでも四六時中、仲間と一緒にいて歌っていましたね。だから学生生活で合唱に費やした時間はかなりのものでしょう。

 しかし中学部ではあまりコンクールの成績は良くなかったです。中学1年生の時、今でも覚えているのですが、昭和23年の終戦直後ですね。「全日本合唱コンクール」(*1)で、当時は時代もあって「西日本代表」対「東日本代表」が放送で日本一を決める、というのがありました。相手の東日本代表は慶応普通部の中学生で、負けたんですよ。残念な思い出です(笑)。

 ところが、これが50年後に復活しました。1998年に週刊誌の掲示板で呼びかけてね。「一緒に演奏会やろう」と書いたらすぐに反応がありまして、三田で交換会をやったんです。なかなか面白かったですよ。尾を引いて、いまだに付き合っている人もいます。

―― 財界の方が多いのですか?

 そういう人もいますが、プロになった人もいますよ。指揮者の若杉弘先生は、慶応で歌っていて、私たちより1年下でした。

―― クラシックに親しむきっかけというのはこの辺りから?

 そうです。男声合唱を一生懸命やるうちに、いつの間にかクラシック音楽に違和感がなくなってくる。高校生くらいから、安い切符があれば演奏会へ行くようになりました。関西ですので、当時は朝比奈隆指揮、関西交響楽団というのが一番良い演奏会でした。関西二期会のオペラもよく観ました。オペラを初めて観たのは、労音で手に入れた安い切符のものです。友だちと一緒に行って、日本語で上演されるオペラを見ました。当時はすべて日本語で歌っていましたからね、今でもオペラというと歌詞は日本語で出てきます。

アメリカ留学時代は勉学のかたわら合唱で息抜き

 男声合唱というのはハマるんです。良い響きが出れば、本当に楽しいです。

―― どういう曲を歌われましたか。「メサイア」や「マタイ受難曲」がお好きとうかがいましたが。

 もとがミッションスクールで聖歌隊から始まった合唱団ですから、キリスト教臭いんですよ。外国曲ではミサ曲は大事なレパートリー。それから日本の良い曲。山田耕筰や清水脩はもちろん歌いました。山田耕筰は、われわれ関西学院のグリークラブ出身です。大先輩の歌だから一所懸命歌う。ほかには米国の黒人霊歌 (*2)、ミュージカルから取ってきた曲とかね。そういうのでステージを作るわけです。

 ところが1つの演奏会は2時間くらいですから、歌いっぱなしでは疲れてしまう。そこで、4つくらいのステージに分け、そのうちの1つは中で一番うまい4人でカルテットを作り、歌うのが伝統だった。その慶応義塾ワグネル・ソサエィティー男性合唱団版がダーク・ダックスで、彼らはわれわれより1年くらい上でしたね。

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