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日本社会をユーモラスに描き出す人気作家

ねらい目は版画とセラミック製の“お父さん”人形

2007年8月30日(木)

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半世紀以上の歴史のある現代美術の老舗画廊

 日本一の画廊街といえば銀座。近年、現代美術系の画廊は六本木や清澄白河に分散しつつあるとはいえ、銀座から京橋・日本橋にかけての一帯には数百軒の画廊がひしめく日本一、いや、密度でいえば世界一の画廊街かもしれない。そんな銀座で半世紀以上にわたって現代美術を牽引してきた老舗が、8丁目にある東京画廊だ。

 東京画廊は1950年、山本孝が志水楠男とともに設立。まだ銀座に5、6軒しか画廊がなかった時代である。初期の頃は鳥海青児を皮切りに、安井曾太郎、川口軌外ら洋画系の作品を売買していたが、やがて抽象を中心に内外の現代美術を扱うようになる。ざっと挙げると、斎藤義重、岡本太郎、具体美術協会の吉原治良や白髪一雄、前田常作、高松次郎、もの派の李禹煥(リ・ウーハン)や菅木志雄。海外ではフンデルトワッサー、フォンタナ、イヴ・クラインといった面々。まるで現代美術の教科書を見ているようだ。

 1957年には日本洋画商組合を結成し、山本が理事に就任。一方、独立した志水は南画廊を創設し、東京画廊とともに60~70年代のアートシーンに一時代を画した。余談だが、その南画廊から独立した佐谷和彦氏が佐谷画廊を開き、その息子の周吾氏がシュウゴアーツを運営するなど、東京画廊をルーツに次々と新しい画廊が羽ばたいていった。

 また、1970年代からは欧米より韓国をはじめとするアジアの現代美術を積極的に紹介するようになり、近年は中国に傾注。2002年には北京に進出し、北京東京藝術工程という支店を設けている。

現代日本のモチーフを伝統的な表現で描く

東京画廊における西澤千晴個展の会場風景

東京画廊における西澤千晴個展の会場風景 (撮影:清水健、以下同)

 そんな老舗の東京画廊でこの夏、個展を開いているのが西澤千晴だ。大阪で万博が開かれた1970年生まれだから、団塊ジュニア世代。東京造形大学で版画を学び、やがて絵画に移行。2004年には若手作家の登竜門とも言うべき「VOCA展」で佳作賞を受けた人気上昇中の若手作家だ。今年は横浜・北京・ドイツのカールスルーエなどでのグループ展にも出品している。

 その作品は、戦後の日本社会の奇妙な歪みをユーモラスに描き出したものが多い。たとえば、今回の出品作《ドリーミー・ファーム》シリーズは、高度成長期からバブルにかけて団塊世代の夢と憧れの的だったグルメな食事、高級車、高級住宅をハート形の花壇で囲み、それをサラリーマンと主婦が見ているという構図だ。ほかにも、同じ背広、同じヘアスタイルに身を包んだサラリーマンが大挙行進する光景や、同じデザインの家が連なる郊外住宅の風景など、ひたすら物質的豊かさを求める均質な日本社会を皮肉った作品が目につく。

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