
『この国が忘れていた正義』 中嶋博行著、文春新書、710円(税別)
2時間30分
前世紀の終わりくらいから、犯罪者を取り巻く環境と世論が大きく変わりはじめた。少年法と刑法39条をめぐる問題である。
少年法も39条も同一の理念に貫かれていた。大雑把にいうとそれは、子供や狂人は責任を負えるだけの理性を備えておらず、したがって「人間」じゃないから、人を殺そうが何をしようが手厚く庇護して矯正してあげなければいけないというものだったわけだが、そのコンセンサスが揺らぎだしたのだ(芹沢一也『ホラーハウス社会』講談社+α新書などを参照のこと)。
大きな要因のひとつは、「犯罪被害者」という存在が“発見”されたことだった。
加害者の「人権」は至れり尽くせりなほど守られるのに、被害者(およびその遺族)のほうは、被害を受けた当事者だというのにないがしろにされ、極度に不条理な状況にさらされていることが表面化しだしたのだ。
きっかけとなったのは地下鉄サリン事件や酒鬼薔薇事件だが、犯罪被害者の肉声を世に問う、日垣隆や藤井誠二らのほどんど執念といっていい活動も少なからず寄与したことは間違いない(日垣『そして殺人者は野に放たれる』新潮文庫、藤井『殺された側の論理』講談社ほか)。
被害者の救済か、加害者の更正か
本書は、犯罪被害者を救済するための方策を、露悪的なまでに直裁に訴えた一冊である。著者・中嶋博行は、乱歩賞作家にして犯罪被害者支援に取り組む弁護士。
中嶋はまず、加害者の更生を理想に掲げる「犯罪者福祉社会」がいかに時代錯誤で破綻しているか、犯罪者福祉先進国アメリカの惨状をとおして容赦なく追いつめていく。そして、「人権」という概念を発端から洗いなおし、犯罪者保護に過剰に傾いた「人権」を被害者主体へと転換して(著者いわく「本来の姿にもどして」)、被害者救済のための改革案を提示する。
はっきりいって問題作である。何しろいま盛んにやられている「厳罰化、是か非か」みたいな議論は「犯罪者の更生可能性なんて幻想」「莫大な予算を投じてやっている更生プログラムはぜんぶ無駄」と清々しいほどに頭から無視だ。「いじめ」は犯罪であると断ずる部分ともども「人権派」にはとうてい容認しがたいに違いない。
被害者(遺族)救済にしても、「厳罰化は遺族にとって癒やしになるか」といった、ありがちな情緒的論点は一顧だにされない。きわめて功利的に、どのように被害者に対する償いを確保するか、その一点に著者の意識は集約されている。
で、具体的にはどうするのか?
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