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成果主義は教育をどこに連れて行く

  • 広田 照幸, 斎藤 哲也

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2007年9月7日(金)

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【特命助手サイトーの前説】

 長らくお待たせしました。今回は「教員評価」のお話です。

 「教員評価」と一口に言っても、そもそも「教員評価」の目的は何なのか、給与や昇給などの処遇に反映させるべきかどうか、親や子供を評価に参加させるべきかどうか、など、論点は多岐にわたります。

 今回の下調べで教員評価に関する一連の議論を見ると、そのプラスの効果ばかりに目がいっているような印象を受けます。いわく、ヤル気のある先生を支援するとか、ダメ教員を教壇に立たせないとか。

 でも、果たして教員評価の厳格化に、負の側面はないのか? 教員評価を強化すると、本当に学校現場は改善されるのか? 「教員」という仕事の特性を考えると、成果主義的な人事考課の導入は、むしろ教員のモラルやパフォーマンスを低下させてしまう、と広田先生は言います。

 みなさんの職場でも、さまざまな人事考課の制度が導入されていると思います。ご自身の経験とも重ね合わせながら、ご意見をいただければ幸いです。

 「教員をもっと厳しくチェックせよ」という声が急速に強まっています。

 教員の免許更新制、指導力不足教員の対応強化、教員評価を踏まえたメリハリのある給与体系など、アメとムチで言えば、ムチばかりの政策が目立っています。今回は特に教員評価の問題について考えてみたいと思います。

 教員評価を強化する目的は、意欲ある教員の支援であると再生会議の報告書にはあります。つまり、優秀だと評価された教員は、給与や昇進などで優遇しようというものです。

 企業で実施しているような、業績評価制度と自己申告制度を最初に導入したのは、東京都です。1995年に管理職、2000年に全教員に向けて人事考課が始まりました。以降、多くの自治体で、さまざまな種類の新しい教員評価のシステムを実施しています。こうした変化の背景には、従来型の教員評価に対する批判があります。

 これまでも「勤務評定」という形で教員評価は行われていました。しかし評価が本人に告知されなかったり、処遇にも反映されないということで、「これまでの評価システムは形骸化している。そのせいでダメ教師が増えているんだ」という議論が出てきました。そういう声を受けて、ここ数年の間に、指導力不足教員の認定制度が全国的に導入されてきました。

 「指導力不足」の定義の曖昧さやそれが持つ恣意性の問題はあるとはいえ、「ダメ教師を何とかしろ」という声に対しては、これで十分制度的に対応できるものだと私は思います(この制度については、次回で詳しく触れたいと思います)。

 ところが、もっと評価を全面的に広げようという動きが進んでいます。

 今春の教育3法改正に盛り込まれた教員免許の更新制導入の際の議論でも、教員の能力向上のためではなく、問題教員の排除に使え、という声も強くありました。

 さらに教育再生会議の第2次報告にとりまとめられたのが、「教員評価を踏まえたメリハリのある給与体系」、すなわち、個人別の教員評価を厳格にやって、優秀な教員には昇進や給与で報いるというものです。企業で行っている目標の自己申告・評価を導入して、意欲や能力の向上を促す。やる気のない教員は反省してもらい、奮起を促す。それでも改善しなければ辞めてもらう。そうやって「頑張った人が頑張った分だけ報われる」評価システムにしていこう、ということです。

リストラ成果主義はモチベーションにつながるか?

 これだけ聞くと、賛成してしまいそうですが、ちょっと待ってください。本当に評価システムを変えれば、教員のモチベーションの向上や力量の向上に役立つのでしょうか。論より証拠で下の表を見てください。

人事考課制度に対しての調査結果

浦野東洋一・東京大学教授(当時)による「『開かれた学校づくり』等についてのアンケート調査」(東京都公立学校教員及び校長を対象に2001.12~2002.1実施、回答数2118)

 これは、帝京大学の浦野東洋一教授(当時東大教授)が東京都の公立学校(小・中・高)の校長と教員を対象に実施した調査結果の一部ですが、およそ7割の教員が人事考課制度に対して否定的な回答を寄せています。評価する側の校長でさえ、教員の意欲や専門的な力量の向上に役立っていると考える人は、3~4割程度です。同様の他の調査を見ても、結果は変わりません。

 米国や英国では、実際に業績主義的な給与制度を導入しましたが、教員の意欲向上には貢献しないことがさまざまな研究から明らかになっています。

 こうやって言うと、「学校の教員はこれまでぬるま湯に浸かってきたから、そんな甘えたことを言っているんだ」という批判の声が予想できます。

 でも、そもそも、業績主義的な給与体系、つまり成果主義がうまくいかないのは、学校だけじゃありませんよね。営利組織である一般企業だって、そう簡単に運用できていない。特に単なるリストラ策として成果主義を取り入れた会社は、仕事のモチベーションを下げることにしかつながらなかった、とか。ひどい場合には、同僚同士、足の引っ張り合いにまでなったりする。

教員は個人プレー、という誤解

 ここで考えておきたいのは、教員の能力を個人別に評価しようとすることの負の側面です。一般に、ホワイトカラー労働の評価は難しいのですが、その中でも教員の労働は、特に難しいように思います。ここでは、3つの論点を出しておきたいと思います。

 第1に、教員の仕事の多くは、協働的なものだし、インフォーマルに支え合って、学校の日常が成り立っているという点です。

 会社員の仕事でも、営業職のように個々人の成果を評価しやすい仕事もあれば、部署や課といった集団単位で遂行する業務が中心の仕事もある。

 教員の仕事は、外から見ると、授業を教える先生の姿が目立つから、個人プレーの性格が強い仕事に見えるかもしれませんが、実際はその逆で、チームで取り組む仕事のほうが多いんですね。

 たとえば、入学式、体育祭、文化祭、修学旅行、卒業式などの学校行事は、教員同士が協力し合って運営していきます。教科の指導計画も1人で立てるんじゃなく、学年会という形で作り上げる。校務の分担でも、たとえば生徒指導部ならみんなでパトロールしたり、進路指導部なら進学についての情報収集を手分けしたり。授業スキルにしても、先輩からのインフォーマルな指導やアドバイスによって成長する部分も大きい。先輩はいろんなスキルを、チームを通して後輩に「盗ませる」んですね。

 このように、教員はチームで仕事に取り組みます。このため、同僚としての意識や協働して動くことが非常に大きな意味を持っています。個人として見たときにはごく平凡な能力の教員でも、教員が集まったチームの一員として機能するときには抜群の能力を発揮する人がいるし、そうなると、まとまりのある学校や学級ができたりする。

 逆に、どんなに才能のある教員でも、個人プレーで達成できることは限られています。そうした中に、個人単位の業績主義的な評価システムを持ち込むと、教員の相互信頼関係を崩し、教員を孤立させてしまいます。

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