『日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか』小谷賢、講談社選書メチエ、1600円(税抜き)
日本は先の戦争でなぜ敗北したのか。歴史にifはないが、何をどうすれば勝つことができたのか。日本人は、この手の議論が大好きだ。その答えを、ある人は国家戦略の欠如に、ある人は軍部の台頭や未熟な民主主義に求める。そして、この本の著者、34歳の少壮の政治学者はインテリジェンスの不徹底に求める。
インテリジェンスには幅広い意味があるが、本書においては、「情報」あるいは「情報化活動」という意味で使われる。情報といえば「インフォメーション」のほうが一般的だが、それとはどう違うのか。
インフォメーションとは、定見なく、かき集められてきた生情報やデータであり、一方のインテリジェンスはそれらに分析や加工を加えた情報のことである。例えば、敵の暗号通信を傍受し、解読に成功したとしても、それは所詮、ただの文字列や数列であり、インフォメーションに過ぎない。既存の人的情報や文書などと照らし合わせることで初めてインテリジェンスとなる。
「インテリジェンスサイクル」が回らない
インテリジェンスをうまく活用するには、情報サイドと政策サイドが密接に関わる必要がある。後者が政策遂行のために、前者にしかるべき情報を求める。後者の要求を受けて、前者は情報収集と分析を行い、分析済みの情報、すなわちインテリジェンスを提供する。この一連の流れは「インテリジェンスサイクル」といわれ、これがうまく回らなかったところに先の敗戦に至る日本の悲劇があった。
戦前の陸海軍で「作戦重視、情報軽視」の考えが強かったのがその一因だ。しかも軍の上層部にとって、情報とはインフォメーションでしかなかった。情報部に比べて作戦部は地位が高く、優秀な人物も配属され、規模も大きかった。加えて作戦部には情報部と同じような情報(インフォメーション)を入手できる経路も別途設けられていた(!)ため、両者の協力関係はまったくもって不完全だった。
情報部が神風特攻隊の戦果を控えめに算出すると、作戦参謀からこう批判されたという。「情報部の奴等は、作戦の現場にいたわけでもなく、作戦部隊の報告を無視するような戦果を云々するのはけしからん」。情報部が提供する情報に基づき、作戦が立てられるべきなのに、これでは本末転倒である。一方の作戦部による戦果誤認は敗戦が近づくに従い頻発、米空母レキシントンに至っては6回も撃沈されたことになっており、あまりに杜撰な報告に天皇自ら苦言を呈したという。
インテリジェンスサイクルが停滞すると「情報の政治化」が起こる。ある情報に即して、適切な政策が決められるのではなく、まず政策ありきで、その政策の実現に反する情報は黙殺または曲解されてしまうのである。典型がドイツ、イタリアとの三国同盟の締結であった。
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