『天才をプロデュース?』森昌行著、新潮社、1200円(税抜き)
天才とはどういうものか。
ビートたけしと20年、仕事を共にし、「北野武」の影武者ともいわれる「オフィス北野」の森昌行社長が記した本書のテーマは、この一点に尽きる。
森さんがバラエティ番組のディレクターたった頃、たけしさんとは頻繁に飲み歩く仲だったらしい。あるときから、ぴたりとそれが止んだ。いまでは、たけしさんのほうから飲みに行こうかと声をかけることもないし、誘われても森さんは断るという。なぜか。
たけしさんとは、プライベートの付き合いはしないと決めているからだ。飲めば仕事の話になり、それではたけしさんもハメをはずせないし、森さん自身だってそう。
そんなふうに距離を意識する以前のエピソードを森さんは語っている。
一緒に夜中まで飲んで、たけしさんの家に泊まりこむことがあった。森さんを寝かせたあと、たけしさんはシャワーで酔いをさまし、机に向かって書きつけていた。ネタ帖らしい。飲み歩いてはそのたび机に向かうたけしさんを見て、森さんは自己嫌悪に陥った。
「人知れない努力」の“意味のなさ”
なるほど、すごい人は人知れず努力をするものか。と、勤勉のススメとして受け止めることもできるが、感心しながらも、森さんの受けとめ方は少しちがっている。
たけしさんが、天才について語ったこんな話から、彼は別の意味を拾いあげていく。
ダイエーホークスの監督をしている王さんがジャイアンツ時代、畳が磨り減るほど真夜中でもバットを振っていたという有名な逸話がある。これをたけしさんは、天才は努力の結果と解釈しない。「そうしていないと落ち着かないからバットを振るんであって、本人は努力だなんて思ってない」。
どんなに努力しても届かないものがある。そのことを知っているのが、天才というもの。努力してなんとかなるとか思い、打算を働かせてしまうのが凡人だというわけだ。
酒といえば、森さんは、仕事絡みの食事の誘いに対して、仕事を終えてからと心がけている。アルコールが入った席で、重要な決定がなされるはずがない、と思うからだ。
「一杯やりながら」なんていうのは、気が弱い証拠。そういう人には「しめた」と思い、昼間の打ち合わせを申し出る。それで流れるような話なら、それでも構わない。所詮、まとまらない話というわけだ。ささいなことだが、経験で得た森さん流の付き合い方の目安である。
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