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平山郁夫喜寿を記念。画業の集大成を観る

「平山郁夫展 ―祈りの旅路―」

  • 杉江 隆

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2007年9月20日(木)

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 現在、北の丸公園の一角にある東京国立近代美術館にて「平山郁夫展―祈りの旅路―」が10月21日まで開催されています。(広島県立美術館 11月2日~12月24日)

 東京国立近代美術館は、明治から現代までの近現代の美術品を収集・展示する美術館として昭和27年、中央区京橋に開館しました。その後、収蔵作品の増加と企画展の拡充などで手狭になり移転が検討されたところ、石橋正二郎氏(ブリジストンタイヤ創始者)より美術館建物寄付の申し入れがあり、昭和44年、谷口吉郎氏の設計による「本館」が当地に建設されました。



「絲綢の路 パミール高原を行く」 2001年 平山郁夫美術館
「絲綢の路 パミール高原を行く」 2001年 平山郁夫美術館

 現在は独立行政法人国立美術館が運営する美術館として、「本館」、「工芸館」(旧近衛師団司令部庁舎跡)、そして映画関連の資料を収集する「フィルムセンター」(京橋、相模原)で構成されています。

被曝体験と画業への執念

 さて、本展は平山郁夫の77歳の喜寿を記念する展覧会として企画され、次の4つのキーワードに沿って代表作83点を展示、60年の画業を振り返る構成となっています。

 第一章「仏陀への憧憬」
 第二章「幻奘三蔵の道と仏教東漸」
 第三章「シルクロード」
 第四章「平和への祈り」

 平山は、1930年広島県豊田郡瀬戸田町に生まれ、幼い頃から絵に親しみ、1947年東京美術学校日本画科に入学しました。しかしその半生は決して平坦なものではなく、15歳の時に広島で被曝。多くの人々が灼熱の炎の中で亡くなっていく姿を目の当りにし、自身も被曝の後遺症である白血病と死への恐怖に苛まれる日々を送っていたのです。

 平山の画家としての原点はこの被曝体験に起因し、20代後半当時の心境を次のように語っています。

「もし、ここで倒れたら、私の絵として残るものなど一枚もなくなってしまう。ヒロシマへの鎮魂と、生命を希求してやまない今の心境とを同時に表現するような絵を1枚でもいいから描きたい」 

 その平山の願いと苦しみの中で心によぎったものは、仏法への強い信仰でシルクロードを越えた幻奘三蔵(三蔵法師)の姿だったそうです。その幻奘三蔵をテーマに描き上げた《仏教伝来》は再興第44回院展に入選を果たし、出世作として世に翔たくことになりました。

 以降、仏教東漸の道と東西文化を結ぶシルクロードへの平山の憧憬は益々増幅していき、1960年代後半からはシルクロードの遺跡や中国を度々訪れ、極寒のヒマラヤ山脈から酷暑のタクラマカン砂漠まで何度となく足を踏み入れることになります。そしてその壮大なロマンとドラマの集大成として、西暦2000年暮に奈良・薬師寺玄奘三蔵院の壁画が完成するに至ったのです。

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