「「ナショナル ジオグラフィック日本版」編集長の「地球からの報告」」

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2007年9月28日(金)

スプートニクから50年、宇宙開発 次の一手

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 宇宙時代が幕を開けたのは、今から50年前、1957年10月4日の寒い晩のことだった。
 カザフスタンの砂漠にある旧ソビエト連邦の基地から、重さ83.6キログラムのアルミニウム製の球体がR-7ロケットによって打ち上げられた。この球体「スプートニク1号」は、地球の軌道を周回しながら信号を送ることに成功、世界で初めての人工衛星となった。

 史上最大といえる探査と発見の時代は、こうして始まった。ほどなく人類は有人飛行に成功し、宇宙遊泳にも成功したかと思うと、やがては月面着陸をも成し遂げてしまう。



1984年、米国の宇宙飛行士ブルース・マッカンドレスは、史上初めて命綱なしの宇宙遊泳に成功した。これは50年にわたる人類の宇宙への歩みのなかでも、大きな一歩だった。
1984年、米国の宇宙飛行士ブルース・マッカンドレスは、史上初めて命綱なしの宇宙遊泳に成功した。これは50年にわたる人類の宇宙への歩みのなかでも、大きな一歩だった。

 だが、スプートニクの打ち上げからわずか15年後の1972年12月、宇宙船アポロ17号の月面活動を最後に、華々しかった宇宙への歩みは一気に色あせる。

 1981年のデビュー時には驚異の技術と目されたスペースシャトルは、高価で壊れやすく、危険な代物なことが証明された。しかも、そのフライトといえば高度2000キロメートルに満たない「低軌道」を回るばかり。いまや「目標のない宇宙飛行の繰り返し」になってしまった。

 2003年には、コロンビア号が大気圏に再突入する際に空中分解し、7人の宇宙飛行士全員が死亡する事故が発生。事故調査の担当者たちは、無目的な有人宇宙計画を激しく糾弾した。

 これを受けて2004年、米国のブッシュ大統領は新たな宇宙政策をうち出した。2020年までに宇宙飛行士を再び月に送り、最終的には火星に到達させるというものだ。米国は新たなロケットを発注し、新型の宇宙船を建造し、月面基地の計画を練りつつある。そして逆風を受けながらも、宇宙時代初期のような緊迫感と冒険心を再び盛り上げようとしている――。

 50年前にスプートニク1号を打ち上げたR-7ロケットは、ソ連の誇る最先端技術の結晶であり、西側に対する大いなる挑戦でもあった。伝説的なロケット設計者、セルゲイ・コロリョフに率いられたソ連の科学者たちは、米国本土まで核兵器を飛ばせるロケットを開発し、同時に宇宙への道も切り開いたのだ。

 半世紀を経たいまも有人宇宙探査は、今も人類の想像力をかきたててやまない。ただ今後、宇宙に対するその飽くなき思いが、50年前のスプートニクに匹敵するような壮大な冒険に結実するかどうかは、現時点では分からない。

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