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第7回 『草枕』の硯

隠居老人が珍重する端渓は果たして名硯か?

  • 奥本 大三郎

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2007年10月2日(火)

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硯板(けんばん) 端渓石 清代 縦19×横11.3×厚さ2.9cm

硯板(けんばん) 端渓石 清代 縦19×横11.3×厚さ2.9cm

 硯のことが出てくる漱石の小説としては、前回の『坊っちゃん』の他に、『草枕』がある。

 両方とも明治39(1906)年に発表されたもので、描かれているのは小説発表より10年ほど前、つまり作者漱石が中学の教師として四国松山にいた頃のことであろう。

 『草枕』には、江戸時代の儒学者で漢詩人の、頼山陽遺愛の硯が登場する。隠居老人が大切に持っているのである。

 老人が紫檀(したん)の書架から、恭(うやうや)しく取り下した紋緞子(もんどんす)の古い袋は、何だか重そうなものである。
 「和尚さん、あなたには、御目に懸けた事があったかな」
 「なんじゃ、一体」
 「硯よ」
 「へえ、どんな硯かい」
 「山陽の愛蔵したという……」
 「いいえ、そりゃまだ見ん」
 「春水の替え蓋がついて……」
 「そりゃ、まだのようだ。どれどれ」
 老人は大事そうに緞子の袋の口を解くと、小豆色の四角な石が、ちらりと角を見せる。
 「いい色合じゃのう。端渓かい」
 「端渓でクヨク眼(くよくがん)が九つある」
 「九つ?」と和尚大いに感じた様子である。
 (……)
 老人は涎(よだれ)の出そうな口をしている。
 「この肌合いと、この眼(がん)を見て下さい」
 なるほど見れば見るほどいい色だ。寒く潤沢を帯びたる肌の上に、はっと、一息懸けたなら直ちに凝って、一朶(いちだ)の雲を起こすだろうと思われる。

 この老人、お金持ちで骨董道楽の隠居は、この硯を手に入れたばかりなのである。和尚の方が、「隠居さん、どうもこの色が実に善いな。使った事があるかの」と訊(き)くと、「いいや、滅多には使いとう、ないから、まだ買うたなりじゃ」

 と答える。もったいなくて使えないので、実際に墨を磨ってみないで、ただ眺めてばかりいるのである。すると坊主の方でも、

 「そうじゃろ、こないなのは支那でも珍らしかろうな、隠居さん」

 と応じている。

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