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第13回 各地の瀑布を描いた『諸国瀧廻り』

変化に富む水の描法が奇異ゆえに思わず引きつけられる

  • 内田 千鶴子

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2007年10月11日(木)

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 大判錦絵(38×26センチ)シリーズ『冨嶽三十六景』の大ヒットに促され、1833(天保4)年から翌34(天保5)年にかけ、北斎は日本各地の山間部に流れる滝の数々を縦大判サイズ『諸国瀧廻り』を8枚揃いで発表した。この時、北斎は74歳。

 版元は『三十六景』でコンビを組んだ日本橋馬喰町の西村永寿堂である。『三十六景』では、あらゆる方位から見た霊峰富士と川・湖・海を掛け合わせた図柄が多かった。続いて刊行した『千絵の海』シリーズも、川や海で漁労に従事する男たちを題材として絞り込んでいる。これらの作品では、水の表現に力点を置き、当時、入手困難だった舶来の鉱物顔料のベロ藍(プルシアンブルー)を版元から手渡され、従来の藍と併用し、空や水の色を、複雑かつ微妙に表現し、両シリーズをヒットさせ、風景画という新しいジャンルを浮世絵で確立させたのである。

 北斎の次なる挑戦は、川・湖・海という広範囲にわたる水の表現を、さらに絞り込み、滝に焦点を向けたのであった。

信仰の対象となっている滝が選ばれている

 現・東京都の赤坂と溜池の東端を流れていた「東都葵ケ岡の滝」。江戸より18里、大山詣でで賑わう「相州大山ろうべんの滝」。日光東照宮参詣の人々が必ず立ち寄ったという「下野黒髪山きりふりの滝」。現・岐阜県(美濃国)の貧しい樵(きこり)が滝から、うまい酒を得たという伝説が残る「美濃ノ国養老の滝」。同じく美濃国の毘沙門岳山麓にある「木曽路ノ奥阿弥陀ケ滝」。長野県木曽郡寝覚めの床近くを流れる、水量豊かな名瀑「木曽街道小野ノ瀑布」。現・三重県鈴鹿峠前の坂下宿にある「東海道坂ノ下清滝くわんおん」。そして源義経が馬を洗ったという伝説の残る和歌山県の「和州吉野義経馬洗滝」。これら合計8枚揃いで、落款はいずれも「前北斎為一筆」とある。

 北斎が『瀧廻り』シリーズに取り組むことができたのは、須原屋版・植田孟縉(もうしん)が著した地誌「日光山志」全5冊の挿画を、谷文晁、渡辺崋山、喜多武清、2代柳川重信に加え、北斎も参加した時であったと考えられる。「日光山志」は1825(文政8)年から執筆が始まり、1837(天保8)に完結している。湯川が中禅寺湖に流れ込むやや手前に長さ200メートルほどにわたって急流があり、これを「龍頭の滝」として2図描いている。この滝は下方で2つに分岐して滝壺に落下していくが、それは絡み合う龍さながらのようである。挿画には、「齢七十二歳画狂老人卍筆」とあるから、ちょうど『冨嶽三十六景』が刊行される前後に、日光へ行って龍頭の滝や華厳の滝、きりふりの滝を見て下絵を描いてきた可能性もある。

 『瀧廻り』シリーズでは江戸や江戸近郊、日光、山肌深い木曽の奥、東海道筋鈴鹿峠などから落下する滝まで取材範囲が広がっているが、土地に由来する伝統、山岳信仰、修験者の聖地、阿弥陀や観音が祀られるという滝など、秘境の地に加え信仰の対象となっている滝が取材対象に選ばれている。

中国・北宋時代の山水画の様式を取り入れる

 計8枚の『諸国瀧廻り』シリーズでは、これまでの作品には見られない、中国山水画の様式、構図を採用している点が新鮮である。

 中国の北宋時代(960‐1127)頃、山水画が数多く発表され、数々の名作が誕生しているが、北斎は北宋様式の構図法を『瀧廻り』で採用している。

 まず、下から上を見上げる「高遠」と高い視点から見下ろす「俯瞰」、この2つの視点から『瀧廻り』を構成させている。

 しかし、北宋の山水画では峻厳な山峰やゴツゴツとした奇岩、山肌を抜ける渓流などのスケールが大きく、山岸から落下する滝などは景色の一部として描かれているに過ぎないから、滝が主体となった山水画はあまり例がない。

 滝を主体とする例は、江戸中期、中国清から来日した画家・沈南蘋(しんなんぴん)が広めた濃い彩色を使い写実的で装飾風な画風がベースになっている。沈の弟子、熊斐(ゆうひ)が、崖っぷちから垂直に落下する大滝をよじ登らんとする2匹のコイをダイナミックに捉えた「登竜門図」や、宋紫石の流れを汲(く)む蠣崎波響(かきざきはきょう)の崖から一直線に落下する滝と崖に生い茂る桃の木に止まる2羽のハトを描いた「瀑布双鳩図」などをヒントにしたものと思われる。

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中村 克己 元ルノー副社長、前カルソニックカンセイ会長