この仕事をはじめて、今年でちょうど20年になる。
景気の変動に関係なく業績は常に右肩あがりで、年収が3000万を下まわったことがない。
それでも、ハルミデザインズ主幹・島津寛(しまず・ひろし)はずっと後ろめたさを覚えていた。
何故なら、彼が製造し、販売している商品が“ダッチワイフ”だからだ。
「もともとはね、劇薬をどうやって処分しようか、悩みに悩み抜いた末に行き着いた商売だったんです。最初は、こんなものをつくるつもりは全くなかったんだから」
ハルミデザインズを設立する少し前まで、島津は商社に勤務していた。
独立は30代の後半。当初は発泡ウレタンを使った子供用のオモチャをつくるつもりでいたという。キャラクター商品だ。そのアイディアを手紙に書いて当時のディズニー社の会長に送ったところ、すぐさまキャラクターグッズの担当役員を紹介された。
「私が考えていたのは、ミッキーマウスの耳をつけた子供用のヘルメットだったんです。担当者が会いたがっているという返事をもらったので、これはもう契約できるものだと思い込んでアメリカに渡ったんですが――」
一カ月の差で、ディズニー社は別の会社と契約を結んでいた。
その会社のアイディアも、子供用のグッズにミッキーの耳をつけるというものだった。すでに契約を交わしたこともあり、ディズニー社は島津とライセンス契約を結ばないと断りを入れてきた。
「半分ダメもとで書いた手紙でしたけど、ディズニーと契約できたら、いったいどれだけの規模のビジネスになるんだと思って浮き足立っていたわけですからね。一足違いだったと言われたときは、それはそれは落ち込んだし、青ざめましたよ。こっちはもうすっかりその気になって、ウレタン発泡に必要な原料をトン単位で調達してたんだから。頭を抱えました、どうやってこれを処分したらいいんだって」
彼が用意したのは、イソシアネートと呼ばれる劇薬だった。
わかりやすく言えば、青酸カリの一種だ。処分の方法を考えたが、モノがモノだけに、おいそれと下水に垂れ流すわけにもいかない。下手をすれば手が後ろにもまわりかねない代物だ。毒性を中和させれば廃棄はできるが、それには相当な費用を必要とした。
「いよいよ困って、さてどうするかってときに、たまたま居間のテーブルに川崎で開催してた人形展のパンフレットが置いてあって……、待てよ、ウレタンをつくる技術で人形もつくれないことはないな、と」
しかし、島津が考えたのは、人形は人形でも、ダッチワイフだ。
ダッチワイフでなければならない理由も彼にはあった。人間と等身大くらいの大きさでなければ、大量に用意した原料がさばけないからだ。島津の頭のなかには、青酸カリを使い切ることしかなかった。
「商社にいたころ、会社帰りに仲間と新橋にあったアダルトショップを冷やかしで覗いたことがあったんですよ。空気を入れて膨らませるビニール製のものが天井からぶらさがってた。私はあれじゃなくて、スポンジ状のウレタンでいこうと。そうすれば身体の曲線も表現できるだろうし、面白いものができるんじゃないかと思ったんですよ」
島津がつくるダッチワイフは“一体成型”だ。
一言で言ってしまえば、人形は鯛焼きと同じ要領でつくられる。
鯛焼きが鯛のかたちをした金型に水で溶いた小麦粉を流し込むように、人形は女性の立ち居姿を型取った金型に、イソシアネートをはじめとしたさまざまな薬品を注入し、その化学反応で型どおりに膨らませるというものだ。自動車のシートの製造などもこれと同じ技術が用いられているが、発泡の際、毒性がいっさい中和されるという利点もある。
「難儀したのは型づくりですよね。粘土をこねて元型をつくったんだけど、腰のくびれはこのくらいかなとか、オッパイはもう少し大きいほうがいいかなとか……、私の好みの体型にするとたいがい失敗するんだ、発泡させるときにね」
発泡には、およそ30種類の薬剤が使われる。
ウレタンは大量の炭酸ガスを発生させながら約20秒ほどで膨張するが、このときにかかる圧力は30トン以上にも達する。だから、人形そのものはスレンダーな体型に仕上がるが、金型の外見は土偶のように厚ぼったい。
また、発泡時には迂闊に触れると大火傷を負うほどの高温を伴うため、一時間ほど冷却し、熱を完全に逃がしてから人形を取り出す。バリと呼ばれる継ぎ目のギザギザを専用のハサミで切り取って“人形部分”が完成する。ここに至るまでに、島津は一年の試行錯誤を繰り返した。
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