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ついに到来した、その瞬間

「So I knew I was due.」----パドレイグ・ハリントン

  • 舩越 園子

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2007年11月1日(木)

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パドレイグ・ハリントン

So I knew I was due. ―パドレイグ・ハリントン
(写真:田辺 安啓)

 全英オープンでアブノーマルショットの秘話を語ったタイガー・ウッズは、この大会では12位タイどまり。勝利の行方はスペインのセルジオ・ガルシアとアイルランドのパドレイグ・ハリントンのプレーオフに委ねられ、戦いを制したのは36歳のハリントンだった。

 優勝トロフィーのクラレットジャグに欧州選手の名が刻まれたのは8年ぶりのこと。アイルランド人の優勝は実に60年ぶりの快挙だ。表彰式の後、記者会見場にやってきたハリントンの興奮は、いつまでも収まらなかった。

 「72ホール目を終えたときも自分が負けたとは決して思わなかった」「あのままプレーオフにならずに負けていたら僕は立ち直れなくなっていたかもしれない」「ウイニングパットがカップに沈む瞬間をこの目で見た。信じられないほど最高の瞬間だった」。

 3日間首位を独走し続けたガルシアをキャッチした最終日のハリントンの猛チャージ。そして、プレーオフでの勝利。大どんでん返しをやってのけた直後の記者会見だ。普段は穏やかなハリントンが、思いつくままの言葉を脈絡なく矢継ぎ早に熱っぽく語るのは当然だ。

 しかし、プレーぶりを振り返りながらのこうした言葉というものは、どうも頭に残らない。1週間も経てば聞いた言葉は全部忘れてしまい、記録を読み返さなければ2度と思い出さない。けれど、会見の最後の最後に彼が口にしたこの一言だけは妙に印象に残った。

So I knew I was due.
(だから、今回こそは僕の番だと信じていたんだ)

 僕の番――会計士の資格も有する秀才ハリントンは常にクールな分析とプランに基づいて行動してきた。「プロゴルファーのキャリアは、もって20年。早くプロになると早く燃え尽きる」と踏んだ彼は24歳になるまでプロ転向しなかった。「20年のうち後半の10年こそがピーク」と考えたからこそ、34歳から米ツアーメンバーになった。

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