ブリヂストン美術館は1952年(昭和27年)「株式会社ブリヂストン」の創業者である石橋正二郎(1889-1976年)によって開設されました。 石橋は福岡県久留米市に生まれ、17歳で実家の仕立屋を継ぐと、足袋の底にゴムを貼った地下足袋を商品化し、その売出しに成功しました。
その後、タイヤの製造技術をアメリカから導入、「ブリヂストンタイヤ株式会社」を1931年(昭和6年)に設立しました。因みに「ブリヂストン(Bridgestone)」という社名は石橋の名前を英語風に言い換えたものです。
石橋はブリヂストンタイヤを創業し、その業容が順調になった頃から、絵画のコレクションを始めています。福岡県出身で同郷である青木繁や坂本繁二郎、さらに鹿児島出身の藤島武二など日本人洋画家たちの収集は終戦までには相当数に及んでいたようです。
戦後、石橋コレクションは一挙に西洋絵画の蒐集へと拡がりますが、石橋が購入した西洋絵画の殆どは戦前に他の日本人コレクターがもたらしたものでした。
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そもそも日本における西洋美術のコレクションは明治中頃に始まり、第2次世界大戦までの50年間に、林忠正、松方幸次郎、大原孫三郎、黒木三次、細川護立、和田久左衛門らの大コレクターによって形成されました。
しかし終戦の厳しい経済環境の中で、大原コレクションを除く大多数のコレクションは処分を余儀なくされていったのです。石橋自身も敗戦での打撃を受けたものの、戦後復興期の事業拡大のお陰でそれらの名品を購入できる又とないチャンスに巡り合うことになります。
幸いにも欧米の画商は占領下の日本に入ることはできず、彼らが日本から多くの西洋絵画を買い取っていくのは講和条約以降、即ちブリヂストン美術館開館後になったのです。そのことが国内から海外への名品の流失を防ぎ、戦前の大コレクターから石橋へと、西洋美術の名作をバトンタッチすることができたゆえんとなったのです。
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