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「監視は親切だ」とまず認めよう~『自由とは何か』
大屋雄裕著(評:山本貴光+吉川浩満)

ちくま新書、700円(税別)

  • 山本 貴光,吉川 浩満

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2007年11月2日(金)

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自由とは何か――監視社会と「個人」の消滅

自由とは何か――監視社会と「個人」の消滅』大屋雄裕著、ちくま新書、700円(税別)

 情報テクノロジーによる監視システムの普及によって、わたしたちの「自由」がおびやかされるのではないか?

 そんな言葉を耳にしたことはないだろうか。あるいは、実際にそんな感覚を抱いたことはないだろうか。

 たとえば、東京新宿の歌舞伎町に足を踏み入れると、50基の監視カメラが設置されている。効率的に配置されたカメラ群を避けながら歌舞伎町のなかをウロウロすることは、至難の業ともいわれる。

 こうした監視システムの多くは、安全快適な社会を実現しようという善意のもとにつくられている。しかし、わたしたちの行動を監視し、記録し、分析し、先取りしようとする監視技術の普及に不自由さを感じる人がいても不思議はない。

「わるいことさえしなけりゃ関係ないだろ。むしろ安心じゃないか。カメラを嫌がるのは、なにかうしろめたい事情でもあるからじゃないの?」

「いやいや、わるいことをしようがしまいが、勝手に自分の行動が記録されるということ自体が問題だよ。他人から見られないでいる自由はどうなるんだ? それに、記録映像が悪用されない保証がいったいどこにある?」

 本書は、この「監視と自由」というテーマに果敢に切り込む意欲作だ。しかし、上記のような賛成/反対の水掛け論を展開するものではない。そうではなく、そこで論じられる「個人の自由」という概念そのものを、著者の専門領域である法哲学の視点から吟味しなおそうという試みなのである。

 では、著者は監視技術にたいしてどのように考えるのか。

 まずは「監視が親切である」ということを認めようではないか、著者はそう主張する。たしかに、わたしたちが各種の防犯設備によって生活の快適さや安心を享受しているのは事実である。では、監視技術は手放しで礼賛してよいものなのか? 徹底した監視社会こそが理想の社会なのかというと、そうではないらしい。

違反をさせないか、したヤツを罰するか

 どういうことか。著者はここで、法哲学で用いられる「事後規制」「事前規制」という概念を用いて自説を展開する。

 たとえば法律は、事後規制の典型的なモデルである。法律に違反した者は、違反行為の後で罰せられる。逆にいえば、どんなにアブナイことを考えていようとも、どんなにおかしな行動をとろうとも、それが法律に違反した行為でなければ、また実際に違反した後でなければ、制裁が加えられることはない。

 他方で事前規制とは、なにかよからぬ行為がなされるという可能性自体を、あらかじめ排除しようとする。たとえばロンドンの地下鉄で導入された「クロマティカ」は、鉄道自殺防止のために、ホーム上で不審行動を繰り返す乗客に警告を発するのだという。監視技術による事前規制の好例である。

 著者はこのような仕組みを、アメリカの憲法学者ローレンス・レッシグの概念を借りて「アーキテクチャ」による規制と呼んでいる。

 事後規制も事前規制も、それが適切に運用されさえすれば、わたしたちに恩恵をもたらすことになるだろう。実際、わたしたちの社会にはつねに両者が存在している。

 しかし、アーキテクチャによる事前規制は、わたしたちの意識とは無関係に行為の枠を決定してしまうという問題がある。

コメント3件コメント/レビュー

大屋君はまだ若さゆえの気負いが強すぎて、議論が鼻につくのが欠点ではある。それをこれほどまで極めて好意的に紹介した山本氏と吉川氏の方にこそ、私は敬意を表したい。(2007/11/02)

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大屋君はまだ若さゆえの気負いが強すぎて、議論が鼻につくのが欠点ではある。それをこれほどまで極めて好意的に紹介した山本氏と吉川氏の方にこそ、私は敬意を表したい。(2007/11/02)

私は常々、「責任を伴わない自由は存在しない」と思ってきましたが、他人を「責任を担いうる個人だと想定する」考えが欠如していました。しかし不法入国者や母国の宗教で守られた外国人労働者など、「責任を担う義務のない主体」が事実存在している今の日本では、監視はむしろ積極的に進めていくべきだと思います。(2007/11/02)

このテーマは、前回のニート、フリーターの求める自由と、共同体の秩序=社会システムの相反関係とも深い関わりがある。個々の自由を優先すると、何でも有りになってしまい、システムは維持しえなくなる。なんでもありの世界は極めて厳しい。自然な状態そのものなのだから当たり前だが、弱肉強食の世界になる。また、人の意思によるコントロール(秩序)ではなく、自然の摂理に支配される世界では、人間の種としての意識、精神のレベルアップは停止してしまう。全体最適を考えて自制できるからこそ発展してきた種から、そのコントロールを奪ったら、獣との境はどこにあるのかわからなくなる。既に人間(人の間はつまり、社会システム)と呼べない。ニートもフリーターも、自由なんか求めていない。コントロールされた秩序の中を出ることは無いのだから。既存の秩序を飛び越えたところに向かって何かをしようというのなら応援したいとも思うが、社会システムのコントロール下にある安全な世界を前提とした我侭を聞いてくれといっているのだから、その精神は無知と甘えと無責任の混合物だ。システムに組み込まれるのがいやなら、自分以外の人が居ないところにいけば良い。そこで生き残るには、膨大な知識と経験、そして神の加護が必要だ。命を落とすかもしれないが、少なくともそれまでの間は自由が手に入る。(2007/11/02)

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三品 和広 神戸大学教授