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こんな世の中で、「消費」を動かす方法はひとつだけ

  • 糸井 重里

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2007年11月9日(金)

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 そもそも世の中の「ルール」って、できるだけ多くの人がご機嫌でいられるための「最低限の決まり事」のはず、ですよね。

 それがいつの間にか、ルールそのものを疑うことを忘れて、ルールを破ったやつをこらしめることが目的化していないでしょうか。そして、人に「負けない」、あるいは自分にかかるリスクを避けるために、他人のルール違反にひたすら目を光らせ「おまえ、今、屁をしたろう!」と叫ぶ「屁尾下郎」君が跋扈する…。

 そんな世の中でほんのすこし「ご機嫌」になる方法が「公私混同」。

 「もちろんルールは大事なんですよ、絶対。けれども、ルールはあとからできたものですし、ある意味でバーチャルなものなんだから、現実に適用するときは濃くしたり薄くしたりしてもいいんじゃないでしょうか。『公』『私』の間は白と黒じゃなくて、グラデーションじゃないでしょうか。きっちりふたつに分けることなんかできない」

 「公私混同」原論、だんだん具体論にはいっていきます。それでは再開。

前回から読む)

糸井 たとえば、数学で定義する「線」「点」というのがありますよね。「点」も「線」も数学上の「ルール」では「面積のないもの」、ということになっています。

 「ルール」って必ずそのような、アタマ、論理、概念の中でしか成り立たないところにいくのですが、実際に、ぼくたちが点だの線だのを書こうとすると、線だって点だって、やっぱり現実には面積があるわけです。

―― そりゃそうです。書かなきゃ線も点も目に見えないし、目に見える以上測れば面積はある。「虫眼鏡と細かい物差しがあれば点と線も面積が測れるぞ!」、と、小学生みたいに叫んでも大人気ないですけど(笑)。

理屈と現実の折り合いをどこで付けるか

糸井 これはですね、誤解しないでほしいのですが、「だからルールはだめなんだ」って話をしているわけではないんです。「論理」も「現実」も、どちらも正しいんです。だから、論理と現実の間で喧嘩をしても始まらない。そうではなくて、論理と現実の間にある「壁」を点滅させて、運用する――。みたいなことがぼくの考える「公私混同」なんです。

 線やら点やらに「面積はない」と考えないと、数学上の論理が成り立たない、それはわかっている。一方、現実に線やら点やらを表現したら、実際には面積がある。それも現に見えている。

 では、どう考えるか。

「ちょうどいいところ」

 「論理的には面積などない!」「いやいや、実際に表現しようと思ったら、面積はある!」と相容れない論争をするのではなく、その間をとる。

 「点も線も、実際に面積はある。でも、限りなく小さくしていけば見えなくなっちゃうよね」というのが、僕の言いたいことなんですよ。「いや、イトイ、それはやっぱり違うぞ、理屈では面積はないんだ」と仰りたいのはわかります。わかりますけど、その辺で許してくれないかな、って。

―― ルールを支える理屈と、そこから必ずはみ出す現実、どの辺で折り合いを付けるのがいいんでしょう。

糸井 それはもう、その都度です。いい加減な話に聞こえるかもしれませんが。だって、「ルールと現実、どっちが何割に決める」って言い出したら、それがまさしくルールですもん(笑)。

 こっちをちょっと増やしたら、こっちをちょっとへこませる。その割合は、まさにその都度、いい塩梅、ていうのを模索しながら考えましょうよ。そしてこれが「公私混同」の考え方でもあります。

 もちろん、こうした「あいまい」な考え方が嫌いな人も必ずいます。

 たとえば、管理をする側からすると、「決められたルールを厳格に守る」のではなく、「ルールと現実との折り合いは、その都度考える」なんていったら、そっちのほうが不便だから嫌かもしれません。

 逆に「自分は一方的に管理されるだけの側で、ルールの被害者」と思っている人にとれば、「その都度公私混同的に考えていくと、、事実上面積ゼロ、すなわちルールを完全適用するときだってあるんですよ」となれば、怒り出すでしょう。「なんだ、結局、お前はルールの奴隷じゃないか」って。

 このように公私混同は、ルールを運用する側にも、ルール嫌いの側にも、どっちにも嫌がられる可能性がある。だけど……。実際にいろいろやっていくと、「ちょうどいいところって」、結局、自分たちになりに考えていくしかない。ぼくは、そう思っています。

―― そうですよね。

糸井 でも、そんなことは、わざわざ壇の上に立って言うようなことではないはずなんですよ、本当は。

―― それが連載2回の反響を考えると、どうもそうは思えないんですよ。

 で、確認したいのですが、糸井さんが「公私混同」について、「グレーゾーン」や「点滅」という言葉を使っている意味は、公と私、ルールと現実、白と黒を、ただ二分して、厳密にその比率を決めるというのではなくて、両方をうまく混ぜ合わせてしまおう、ということですよね。

糸井 ええ。

「公私混同」の具体的な姿は「本当に受け入れられている商品」

―― 白が何割、黒が何割、ではなく、グレーで濃淡がある、というような。

糸井 そうです。

―― うーん、正直、その具体的なイメージがまだわからないんです。このまま行くと「じゃあ実際に、なにをどうすりゃいいんだ」とか、「公私混同を、目に見える形にして見せろ」というご意見が殺到しそうな気がします。

糸井 具体的も目に見える形もなにも、むずかしくないですよ。僕は今、世の中で「本当に受け入れられている商品」は全て「公私混同の発想」で作られたと思っていますから。

 この先、世の中で「消費」を動かすには「公私混同」を実行してものを創っていくしかないんです。それは自分たちで「ほぼ日手帳」を作り続けて、とことん実感しました。

―― ほぼ日手帳が受け入れられる理由が「公私混同」にあると。

糸井 「糸井重里が絡んでいるから」「ロフトで売っているから」「ネットだから」売れる――、そんなわけはないでしょう。消費者はそんな「理屈」で買い物はしません。そう、「公の理屈」を積み重ねてもまさに「面積はゼロ」、なんですよ。だからこそ現実の「私」を混ぜ込んでいくことが……ああ、今年は手帳の話はしないつもりだったのに(笑)。

―― 詳しく聞かせてください。手帳というのはそもそも「公私の公」、管理のツールじゃないですか。未来の自分をアポイントで縛り上げるための。その手帳がなぜ「公私混同」で、なおかつウケたのか。

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