静謐な能と炎のようなフラメンコ。一見正反対のような舞踊も、舞台美術家・朝倉摂さんの手にかかると1つの世界に美しく融合する。フラメンコと日本の伝統文化の融合に取り組んできた蘭このみさんが、この秋、世阿弥の「花筐」に題材をとったのも、朝倉さんの提案だ。蘭さんとは、1992年の「日高川」以来、5本目の舞台となる。

舞台美術家 劇場コンサルタント 朝倉 摂氏 (写真:陶山 勉)
「彼女はね、日本人だから、日本人のフラメンコを作りたいと言っているの。それならば、日本の能や狂言から自分を見いだすこともとても大事だと思うんですね。そういうことを長年、追求してます。だからがんばってやってあげたいと思うし、いい公演にしてあげたいと思うし。
フラメンコにもね、心を内に込めるような踊りもあるんじゃないですか。技術的な部分ではちがうこともあるでしょうけど、同じ部分もある。だから今回は、真っ黒な背景の最後に、スーッと幕が開いて……。タネを割っちゃうとおもしろくないでしょうから、全体をごらんになって!」
朝倉さんは、1950年代からずっと話題作を手がけてきた舞台美術の第一人者。蜷川幸雄、市川猿之助などの大舞台から、小劇場や映画、挿絵などまで意欲的に活躍し、海外の評価も高い。今回も舞台美術や衣裳だけでなく、プロデューサーのような役割を兼ね、新しい舞台を創出する。
「私が花筐に興味をもったのは、水上勉さんの新聞小説『櫻守』がきっかけです。挿絵を描くために、いろいろな場所の桜を見て歩いたんですね。その時にたまたま出くわしたお寺が、花筐に因んだ場所で、そこにとてもきれいな枝垂れ桜がありましてね。それから、上村松園先生のお描きになった絵にも、『花がたみ』(1915年)という作品があるんですよ。子供の頃に見たんですけど、それがものすごくいい絵でね。すごさがあるっていうか……」
朝倉さんはサラリと昨日のことのように語るが、『櫻守』の連載は1968年のこと。それからずっと題材として持ち続け、温めてこられたのだ。
「それはもう、持ってますよ。長い時間ね。持ってますけど、なるものとならないものがあるでしょ」
舞台のイマジネーションは、今でも、どんどん湧いてくる。朝倉さんの頭の中には、図書館のように、さまざまな知識が正確に記憶されていて、題材にあわせて浮かんでくるそうだ。だが、意図的に吸収しようとしているわけではない。
「それはまぁ、普段からですね、モノを見たときに自分が記憶するんです。コンピューターみたいに、頭の中にいっぱい入っているわけですよ。たとえば、いま秋だから、曼珠沙華と言った時に、見ないで描けないとダメですよ。花弁がいくつあるか、なんてことも記憶してないと描けないわけです。あれは6つしかないからね。
普通の人が樹の絵を描くと、枝を左右にサッと描いて終わりだけど、樹は全部、螺旋形に枝がでてるでしょう。それによって、はじめて樹が立体感を持ってくる。そういうことを、わからないのはダメですね。全部覚えていないとダメなんですよ。
大事なのは、記憶。記憶ということと、ものをみる目。我々の仕事には、それがとっても大事なの。
私は昔から、毎朝、目が覚めたら、絵を描いていた人だから。自分の中に蓄積しているわけですよ。蓄積しようと思っていなくても、やっている間に蓄積しちゃうんだね。覚えたくないと思っても、覚えちゃう」
歴史を知るのも大事なことだと言う。いまある自分や世界に、歴史がどう作用しているのか。ご自身も現場に出かけて、習得されてきた。
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