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エリート社員はなぜ、自給自足を選んだか

新潟県・松之山【2】

  • 宮嶋 康彦

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2007年11月22日(木)

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 「ぼくは弟子入りしたんです」

 戸邊さんの米作りの弟子1号は高橋直栄さん(67歳)。新潟県立安田高校の校長を勤めた人物で「なおえさん」と呼ばれて人望が厚く、県内でも松之山の碩学として名が通っている。松之山に生まれ育った高橋さんは、故里の農的景観が荒廃していく様子を目の当たりにしてきた。

 「それは忍びないわけです、なんとか再生の足がかりになれば」と決して若くない肉体を米作りに奮い立たせたという。
 「戸邊さんの孤軍奮闘ぶりに感じ入りましてね、再生をやるなら戸邊方式だと、それで今年から自分でも米作りを始めたんです。もちろん師匠に教わりながら、来年もやりますよ」

 うれしいことに、共感の声はこんなところでも聞こえてきた。

 「ホームページ(当記事)を見たと言う人が何人も来店してくれて戸邊さんの米を買ってくださいます。一番の遠方から来られた方は、岐阜県の下呂市からでした」

 東京・渋谷の東急百貨店本店地下の米売り場「米よし」で、戸邊さんの米を買い求める人が増えたというのだ。問い合わせを含めると20余件の反響があった。下呂市から訪れた人は、戸邊さんと同じように、不耕起(耕すとメタンガスが発生するため)、無農薬、無肥料で米作りをする人だったという。

今年の新米は「特級」。去年より2、3000円は高くなる

 11月13日、戸邊さん夫婦が上京。自分の米が売られている「米よし」に、田ごとの新米を届けるためだった。一枚一枚の田で微妙に味が異なるという。

 「今年は素晴らしい米が獲れたんです。最後に稲刈りをした田んぼです、天日干しの時間もかなり長かったんです、精米にしてみたらまさに宝石のようで、ぜひ米よしさんに味わってもらおうと」

 黒いビニールのショルダーバッグの中には、1キロずつ小分けにされた10種類の新米。バッグの紐が肩に食い込んでいる。今年は豊作だったという。目標だった反当りの収穫5.5俵(1俵60キロ)を上回り、およそ6俵、獲ることができた。

 「新米を試食しました。これならもっと高価な値段がついてもいい、玄米でかじって、これほど甘みがある米はそうは無い」
 去年にも増して評価は高かった。

 「今売っている戸邊さんの米は10キロ2万9400円ですけど、この米は、もう2、3000円高くなると思います。戸邊さんの米に限っては、通常米と、この特級米には値段で区別する必要がありますね」

 褒めすぎでは、と懐疑の視線を向けると「戸邊さんらしく、あそこまで正直にものを作った人への当たり前の評価でしょう」と信頼は揺れない。戸邊さんにしてみれば、孤独を飼い慣らし、「いつかきっと」と信念を曲げずに米を作ってきた「褒美」の言葉だったのではないだろうか。

 戸邊さん夫婦は満面の笑顔を残して東京の雑踏にまぎれ、見えなくなった。「このバスに乗れば子どもたちが学校から帰る前に家に着きます」と、池袋発14時05分の高速バスに乗り、間もなく雪をむかえる越後の山深い里へ戻っていった。東京の空が珍しいほどくっきりとして晴れ渡っている。

10年余りの闘病の末、死を選んだ母

 それにしても戸邊さんは、なぜ、と思わないではおれない。東京理科大学を卒業し関東自動車工業という大企業に就職、やがて花形に躍り出るといわれた電算課に配属されながら、30歳という若さで自給自足の道へ踏み込んだ、そのわけが知りたい。なぜ機械も農薬も使わず人力だけで米を作るという前時代的な農業を実践するようになったのか。悟りを開くにも厭世観を持つにも早すぎる年齢ではないのか。何か大きなきっかけがあったに違いないと予感されて、おそるおそる質問を投げかけてみた。

 戸邊さんは大きく息を吸うと抑揚のない言葉で、「母親が自ら命を絶ったんです」と小声で語った。その語尾を払うように席を立ち、棚から1枚のモノクローム写真を取り出した。
 「母です」という。肖像写真は戸邊さんによく似ている。

 「父は鉄工所を経営していました。鉄鋼不況で借金がかさんだこと、挙句に、将来は長男と一緒に住もうと購入した土地を取り上げられる始末で、将来の希望を見失ったんでしょうね、それに鬱の持病と父への不信感も大きかったと思います。発作的な自殺でしたね、58歳でした」

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