「公私混同」原論

「意味のないことは許せない」の罠

 情報があふれる世の中、大事な情報を漏らさず集め、的確に分析する力が重要と言われています。そして、モノはその集積と分析で作られがち。しかし、それが商品の魅力を殺してしまうことも。そもそも「好き」「嫌い」の判断すら、ネットの情報に頼っていませんか? いつの間にか、「私」の判断と思い込んでいたのが、実は「公」のそれになっていた…思い当たる方も当たらない方も、ぜひお読み下さい。

前回から読む)

糸井 たとえば、「日経ビジネス」や日経関係の書籍を全部買ってくれて、でも仕事をいっさいせず、部屋に閉じこもってひたすら全部読んでくれる人が世の中にいたら、どう思いますか?

―― ものすごくありがたい方だと思います。が、その方はいったい…

糸井 存在として「謎」、でしょう?

―― 読者としてはありがたい存在ですけど、そもそも仕事もせずに部屋に閉じこもっていたら、せっかく得たビジネス知識を生かせないですよね。

糸井 いま、こうしたケースが、しばしばあると思うんですよね。「今の私」が「ある情報」を読む。それが何の役に立つのか、どんな意味なのか、わからないまま。

「情報の価値」を突き詰めすぎると…

―― なるほど! 部屋の外に出て実際に仕事をこなしながら、「日経ビジネス」を読むならば、「謎」じゃなくなるわけか。そういえば、昔、デートマニュアル雑誌ってありましたよね。

糸井 ありましたねえ。

―― ところが、この手のマニュアル雑誌の編集者は「あのねえ、デートのやり方が本でわかるわけないだろ!」と言っていたらしい(笑)。

糸井 (笑)恋愛やデートこそ、まさに実際の経験が頼りですよね。とはいえ、最初から痛い目を見たくないから、経験してみる前にマニュアルに頼ってみる。デート本を作っていたヒトは、「オレ、昔、彼女にこんなこと言ったら振られてさあ……」「ああ、そういうの、あるよな」と、まあ何というか、自分の失敗談や体験を、“楽しいお仕事”としてまさにマニュアル化していたんでしょう。

―― はたして、恋愛みたいな個別具体的な人間関係の一般則って、書けるんでしょうか?

糸井 そもそも人間関係に一般則なんてないんですよ。あるわけないじゃない(笑)。生きるってことは、極端に言うと、読み方の違う人同士、思考の道筋の違う人同士で、お互いの考えを擦り合わせ続けることだと思うんです。ぼくたちはそのために生きているわけですね。

 恋愛マニュアルやビジネスハウツーみたいな情報自体を、娯楽として読む、ということでしたら、もちろんありです。ただそれは、実際に将棋を打つ代わりに、絶えず詰め将棋を頭の中でやっているようなもの。自己完結した行為にすぎない。

 では、生きるうえでぼくたちが本当にしたいってことは何なのか? それは、ただ「情報を集める」とか、ただ人を「管理する」ってことだけでは、もちろんない。結局、なにかを生んだり、なにかを使ったり、何かを消費したりするってところにかかわっていきたいんだ、と思うんです。

 手帳を例に出すと、「ほぼ日手帳」とほかの手帳Aとほかの手帳B…とを比べて、値段はいくらだ、こちらにはこんな機能がついてるけどこっちにはない、と言った具合にスペックを延々比較して購入を手間取っているうちに1年が経っちゃった、というよりも、まずは「実際」に使ってみれば、「この手帳、こんな不都合はあったけれども、あ、けっこういろいろ書き込んでいるなあ」とか、「あの手帳、一度使ってみたけどやめちゃった。ほんとは私はこういう使い方がしたかったのがわかったんだけど、あの手帳にはその機能がなかった」とか、そんな風に具体的な感想や要望がどんどん蓄積されていく。ほぼ日手帳は、まさにユーザーの方々のこうした「声」によって毎年バージョンアップされているんです。

―― なるほど、ひとり「カカクコム」になってスペック比較をしておしまいにするより、まずは使えと。そしてそんなユーザーの「自らの経験」が蓄積してできているのがほぼ日手帳である、ということですね。

糸井 前回、ほぼ日手帳はいろいろな人の「私」を練り込んで作った手帳、と言ったのは、そういう意味なんです。作り手側である自分たちの経験も含め、「使い手側の経験」を具体的に手帳づくりに生かしていく。使う「私」の経験を、作る「私」の経験が受け止めて、両方が「生み出す」ことにかかわるわけです。まさに、公私混同、でしょう(笑)。

「好きか嫌いか」の判断を、意外に「公」に任せている

―― 糸井さんのお話を聞いていると、まずは自分の皮膚感覚の好き嫌いで、手にとって、試してみる、使ってみる、っていうのが、公私混同のすごく重要なポイントに思えてきます。

 逆に言うと、いま、まさに「公」が定めた「意味のありそうな、権威のありそうな情報」に、振り回されていすぎる感、たしかにありますね。食品の賞味期限偽装問題だって、考えてみれば誰ひとり、死人どころか食中毒すら発生していない。食べ物が食べられるか、うまいかまずいかなんか、ほんとは自分の舌と胃袋に聞かなければわからないような気がします。

糸井 そうですよね。

―― でも、私たちメディアの報道がまさにそうなんですが、まず何をやるにしても「意味のある情報」「権威を伴った情報」を探して、それを根拠にしないと、自分で行動できない、判断できない。いや、しちゃいけない――そういう考え方が、日本国内にとても広く行き渡っています。なぜなんでしょう?

糸井 なぜかみんな、「理由のないこと」が結構、許せなくなっているんですよ。

 正しくて、役に立って、見たり使ったりするための時間を消費するだけの、はっきりした理由があらかじめ、ある。そういう「公」に認められたものだとかことだとかしか許さない。そんな傾向があると思います。

次ページ以降は「NBonline会員」(無料)の方および「NBonlineプレミアム」(日経ビジネス読者限定サービス)の会員の方のみお読みいただけます。ご登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。


1 2 3
Next
このコラムについて

社会もネットもなんだか息苦しい。みんながお互いに人さし指で、いちいち指さし点呼している。何も生み出さないし、誰も消費をしたくない。だから、監視、管理という、ノーアイデアで消費を回す仕組みだけが膨張する…糸井重里が語る、いまの閉塞感の原因とその突破口とは。

■日経ビジネスアソシエ

「心に残る言葉」のご投稿ありがとうございました。 募集は10月31日で終了しました。お寄せいただいた言葉は、手帳用小冊子にまとめて日経ビジネスアソシエ12月18日号(12月4日発売)に特別付録として同封します。お楽しみに。

筆者プロフィール

糸井 重里(いとい・しげさと)

コピーライター/「ほぼ日刊イトイ新聞」編集長。1948年 群馬県生まれ。1975年 TCC(東京コピーライターズクラブ)新人賞受賞。広告コピー以外にも、作詞、文筆(誌、小説、エッセイ)、ゲーム製作などの創作活動を行う。(2006.4.20『MOTHER3』発売)。1979年に東京糸井重里事務所を設立し、1998年 インターネットホームページ「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)を開設。著名人の執筆・対談を中心とした読み物や、ハラマキ、Tシャツ、手帳、タオル等のオリジナル商品の企画販売、イベントなどすべてをひとつのコンテンツとして捉えて運営し、他社とも積極的にコラボレーションしている。1日の総アクセス数は130万件を越える。

こちらも読んでみませんか?
more

バックナンバー

記事・写真・図表の無断転載を禁じます。


この記事を

ほとんど読んだ
一部だけ読んだ
あまり読まなかった

内容は

とても参考になった
まあ参考になった
参考にならなかった

コメントする 皆様の評価を見る

コメント数: 9 件(コメントを読む)
トラックバック数:


読者が選ぶ注目の記事
more

アクセスランキング
more
NBonlineの情報発信