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岡田嘉子(1)~当代屈指の人気女優、恋人と逃亡

『岡田嘉子との六〇年』高橋三恵子著、風塵社刊、1800円(税別)

  • 松島 駿二郎

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2007年12月7日(金)

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 樺太は日露戦争の講和条約で、北緯50度から北がロシア、南は日本領と決められた。樺太の日本領有は、日露戦争の数少ない戦果のひとつだった。そこに、日本最北の陸の国境、半田沢がある。原生林を切り払った茫々とした原野の中に、国境はあった。

 雪の中を4キロメートルほど内陸に入ると、国境監視のためのゲ・ペ・ウの駐屯所がある。ゲ・ペ・ウとは、ソビエト・ロシアの秘密情報機関であり、国境の取り締まりと情報収集にあたっていた。20世紀中葉、スターリン治下の時代では、ゲ・ペ・ウは全ソ連での粛正の手足となっていた。悪名高い組織だった。

 サハリンの1月、体の芯まで凍りつくような真夜中、温度計は摂氏マイナス30度を下回っていた。雪は強い風を受けて、地吹雪に変わっていた。

 岡田嘉子は、その地吹雪をついて恋人の杉本良吉にしがみつくように、馬橇にうずくまっていた。酷寒の空気は2人を切り苛んだが、2人の心はバラ色の夢で満ちていた。

 嘉子は、当代一の人気美人女優で、当時38歳。舞台から新しい芸術メディアである映画にも進出していた。日本でのバラ色の将来は保証されていた。

 一方、杉本良吉は、嘉子より6歳年下の32歳。新劇の演出家だった。当時、舞台演劇の最前線はソ連が担っていた。新劇に関わる若者は、みな、ソ連に憧れていた。

 ソ連では、共産主義革命が進行中だった。でも当時は通信事情も悪く、実際ソ連で何が進行中か、正確に分かっている人はあまりいなかった。ただ、共産主義が人民の平等な社会を建設するのだ、という観念のみが先行していた。

 杉本のような若者にとっては、ソ連は理想郷、桃源郷のように映った。新劇に携わる杉本ら若者にとって、ソ連のもたらしたチェホフやゴーリキーの戯曲、スタニスラフスキー・システムと呼ばれる演出理論などを体現したソ連のモスクワ芸術座、共産主義を世界で最初に実現させた国は、憧憬の的だった。

 凍りつくサハリンの荒れ地の上を馬橇を駆っていた、嘉子と杉本の心の中は、寒さとは裏腹に、行く手の国、ソ連への夢が溢れていた。

 あるとき、嘉子は杉本に、

 「いっそソビエトにでも行ってしまおうか」

 といった。この言葉が2人の間にわだかまった。どこに行くにも、この言葉がついて回った。「わだかまりオバケ」のように、いつでも出てきた。もう実現するしかない、と2人は思い込むようになった。

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